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第一部
第三十三話 悪魔の舌(6)
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私は抓《つま》んで捨てようとしました。
ところが。
私の手を逃れるかのように、舌は勢いよく跳ねるではありませんか!
掌で押さえながら囲って、何とか炎の中に落とし込みました。
ところが、また後ろを振り返ると舌が復活しているのです。
確実に焼いたはずなのに。
焼き殺したはずなのに。
怒りが涌き上がりました。
また飛び跳ねるそれを掴んでは暖炉へ投げつけます。
でも、同じことです。
繰り返し、繰り返し。
舌は元の場所に戻っているのです。
額を触ってみると汗が噴き出していました。
疲労すら感じます。これは仕事によるものとは違いました。
身体の芯から腐り果てていくような感覚です。
まったくもって不毛な作業です。
悪魔の嘲笑う声を後ろで聞いたような気になりました。
結局蠢く舌を再び小函にしまいました。
すると、今度はその函が跳ね始めるではありませんか!
他の袋に入れようものなら今度はそれが飛び跳ねるのです。
さきほどあなた方の目の前で跳ねたこの革鞄のようにです。
結局、上に何冊か本を置くことで動きを止めることに成功しました。
荒く息を吐いていると、悪魔が再び話しかけてきました。
「会わないのか、アドリアーナとエーリカに?」
ノックの音はまだ響いています。明らかに異様です。
妻も娘も本当に生前と同じなら、私を気遣って止めるだろうと思ったからです。
死の領域に入った者は、身も心もすっかり変わってしまうのでしょうか?
私は意を決してドアを開けました。
途端に家を揺るがすような笑い声が響きました。
「ははははははははは、開けたなぁ! ははははははははは」
噎せ返る血の臭い。
骨が浮き見えるほどがりがりに痩せ、顔を真っ赤に染めたアドリアーナとエリカが手を伸ばしてきます。
私は反射的にそれを避けて、後ろに退きました。
「どうして」
「どうして、どうして」
耳が割れるような叫びが響きました。
「すまん」
私は謝りながらも妻と娘から逃げ続けました。
「あなた、あなた!」
「父さん、父さん!」
この世の物とは呼べないぐらいその声は歪んでいました。
「やめてくれ!」
耳を塞いで叫びました。
「それがお前の願いか?」
頭の中で悪魔が叫びます。
「そうだ! 俺の願いだ! だから止めてくれないか」
「わかった。その代わりお前の魂を貰うぞ」
悪魔は半笑いで告げました。
「幾らでもくれてやる。だから、二人を俺の目の前から遠ざけてくれ!」
悲しげな顔が二人の血が張り付いた仮面の下で拡がりました。
その次の瞬間には二人の姿は消えていました。
ただ、開いた扉だけがカラカラと冷たい音を立てています。
普通に動けるようになるまでなおしばらくのあいだ時間が掛かりました。
悪魔は消え、普通の生活が始まりました。
でも。
妻と娘が目の前からいなくなって、こんなに安心したと言う事実は、いつまでも罪悪感となって私を締め上げました。
そのままさらに数年経って、老いさらばえた姿を晒していると言う訳です。
「本当にそれだけなのですか、あなたのお話には隠された事実があるのでは?」
ルナは静かに言った。車内喫煙禁止のため、パイプに火を点けたくても点けられずもじもじと手を蠢かせながら。
仮に点けたりした場合、ズデンカは身体を伸ばして手から払い落とす準備が出来ていた。
「どういうことなのですか?」
ヴラディミールは目を瞠った。
「具体的に言うと、あなたは先ほど、舌を触っても何も起こらない、と仰いましたが、お話を聞かせて貰った限りでは、わたしに悪魔の舌を触らせたのは何か意味があるのではないかって思えてくるんですよ」
ルナは答えた。
ところが。
私の手を逃れるかのように、舌は勢いよく跳ねるではありませんか!
掌で押さえながら囲って、何とか炎の中に落とし込みました。
ところが、また後ろを振り返ると舌が復活しているのです。
確実に焼いたはずなのに。
焼き殺したはずなのに。
怒りが涌き上がりました。
また飛び跳ねるそれを掴んでは暖炉へ投げつけます。
でも、同じことです。
繰り返し、繰り返し。
舌は元の場所に戻っているのです。
額を触ってみると汗が噴き出していました。
疲労すら感じます。これは仕事によるものとは違いました。
身体の芯から腐り果てていくような感覚です。
まったくもって不毛な作業です。
悪魔の嘲笑う声を後ろで聞いたような気になりました。
結局蠢く舌を再び小函にしまいました。
すると、今度はその函が跳ね始めるではありませんか!
他の袋に入れようものなら今度はそれが飛び跳ねるのです。
さきほどあなた方の目の前で跳ねたこの革鞄のようにです。
結局、上に何冊か本を置くことで動きを止めることに成功しました。
荒く息を吐いていると、悪魔が再び話しかけてきました。
「会わないのか、アドリアーナとエーリカに?」
ノックの音はまだ響いています。明らかに異様です。
妻も娘も本当に生前と同じなら、私を気遣って止めるだろうと思ったからです。
死の領域に入った者は、身も心もすっかり変わってしまうのでしょうか?
私は意を決してドアを開けました。
途端に家を揺るがすような笑い声が響きました。
「ははははははははは、開けたなぁ! ははははははははは」
噎せ返る血の臭い。
骨が浮き見えるほどがりがりに痩せ、顔を真っ赤に染めたアドリアーナとエリカが手を伸ばしてきます。
私は反射的にそれを避けて、後ろに退きました。
「どうして」
「どうして、どうして」
耳が割れるような叫びが響きました。
「すまん」
私は謝りながらも妻と娘から逃げ続けました。
「あなた、あなた!」
「父さん、父さん!」
この世の物とは呼べないぐらいその声は歪んでいました。
「やめてくれ!」
耳を塞いで叫びました。
「それがお前の願いか?」
頭の中で悪魔が叫びます。
「そうだ! 俺の願いだ! だから止めてくれないか」
「わかった。その代わりお前の魂を貰うぞ」
悪魔は半笑いで告げました。
「幾らでもくれてやる。だから、二人を俺の目の前から遠ざけてくれ!」
悲しげな顔が二人の血が張り付いた仮面の下で拡がりました。
その次の瞬間には二人の姿は消えていました。
ただ、開いた扉だけがカラカラと冷たい音を立てています。
普通に動けるようになるまでなおしばらくのあいだ時間が掛かりました。
悪魔は消え、普通の生活が始まりました。
でも。
妻と娘が目の前からいなくなって、こんなに安心したと言う事実は、いつまでも罪悪感となって私を締め上げました。
そのままさらに数年経って、老いさらばえた姿を晒していると言う訳です。
「本当にそれだけなのですか、あなたのお話には隠された事実があるのでは?」
ルナは静かに言った。車内喫煙禁止のため、パイプに火を点けたくても点けられずもじもじと手を蠢かせながら。
仮に点けたりした場合、ズデンカは身体を伸ばして手から払い落とす準備が出来ていた。
「どういうことなのですか?」
ヴラディミールは目を瞠った。
「具体的に言うと、あなたは先ほど、舌を触っても何も起こらない、と仰いましたが、お話を聞かせて貰った限りでは、わたしに悪魔の舌を触らせたのは何か意味があるのではないかって思えてくるんですよ」
ルナは答えた。
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