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第一部

第三十二話 母斑(6)

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「あまり世間では公に出来ない事情からですわ。早い話、いかがわしい催しが行われたから、わたくしの出番となったわけです。呼ばれればどんな方のお屋敷にだって参りますわ。お金になるんですもの。母斑《あざ》のある女がお好みって方も多いんですわ。妻に選ぶならばともかく」

 エルフリーデは薄く笑った。

「何だと、君は――エルフリーデはそんな怪しからん女じゃない!」

 ヒュルゼンベックは怒鳴った。

「あなたがどうお思いだろうと、わたくしはそんな女ですわ」

 エルフリーデはきっぱりと言った。

「じゃあお前とエルフリーデは別人なんだ」

「あなたの奥方じゃないと、さきほどから言っていましてよ」

 睨み合いが続いた。

「まあまあ、でも、その鏡の前を通過したことに間違いはないわけだ」

 ルナが仲裁した。

「そこまで記憶は……」

 エルフリーデは考え込んだ。

「通りすがりに設置されてた鏡なんかを気にする人はまずいませんからね。そこが出逢いの場所だったならいざ知らず」

 と言ってルナはヒュルゼンベックを見る。

「一体何が起こってるんです。目の前の売女がエルフリーデになりすましてるんじゃないんですか?」

 ズデンカはヒュルゼンベックを睨み付けた。

 「ともかく、ヒントは鏡だな。もしかしたらこの駅のどこかにあるのかも知れない。皆で手分けして探しましょう」

「人のお邸にあったものですよ、見つかるわけないでしょう」

 ヒュルゼンベックは苦虫を噛みつぶしたような顔になっていた。

――きっと、ビビっているがそれを認めたくないんだな。

 長い旅で色々な人間を見てきて、ズデンカも少しは表情が読めるようになっていた。

 吸血鬼の一睨みはそれほど強烈だ。

 ルナは歩き出した。ズデンカはすぐに従った。

 むしろ、ずっと立ったままでいなければならなかったのが嫌だったぐらいだ。

 階段を登り、降りる。二回繰り返した後で改札口まで戻った。それでも、鏡もエルフリーデの分身も見つからなかった。

 何だかんだ歩き回っているうちにエルフリーデやヒュルゼンベック、カミーユとも離れてしまった。

 ズデンカは心配した。

「あいつらどこいったんだ」

 大混雑の向こうにやっと頭を見つけ出すことが出来て、ズデンカは安心した。

「困ったなあ」

 いつも通り、ルナは無視して言った。だが実際は全く困っているようすがない。むしろワクワクドキドキしている雰囲気がだだ漏れだった。

「嘘だろ」

 「うん。久しぶりの謎解き。めちゃくちゃ楽しい」

 ルナは素直だった。

「あたしにとったら久しぶりでもないがな」

「あー、そう言えばパピーニで古代の謎を解決したんだよね」

 ちゃんとズデンカの情報は把握しているようだった。

「あれは解決とかじゃねえよ」

「とんだとこに名探偵がいたわけだなあ。わたしのは結局、素人の真似事だけど、君は違う」

 ルナは笑いながら言ったが、ズデンカは当然そこから恨みがましいものを感じ取った。

 「名探偵じゃねえよ」

 ズデンカは手短に言った。

「さあ、そんな名探偵の君に訊いてみよう! この事件の真相は」

 ルナは勝手に続けた。

「はあ」

 とズデンカは吐息したが、

「そもそもな話、エルフリーデが見たのはドッペルゲンガーなのか? 似た人がやっているだけって可能性もありえるぞ」

「それだ!」

 ルナは叫んだ。

「だが、それなら幻想味もなんもねえ。ただの人間が起こした事件だろ」

「人間だとは限らないさ」

 ルナは言った。
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