332 / 526
第一部
第三十一話 いいですよ、わたしの天使(10)
しおりを挟む
「アモスともまた逢えるさ。我はそう信じている」
だがファキイルは怒る様子がなかった。
「そうか」
少し声を震わせながら、フランツは答えた。
「フランツも逢えればいいな。逢いたい人に」
ファキイルは静かに言った。
フランツは頬が熱くなるのを覚えた。
――逢いたい人とは、自分の場合誰なのだろう。
そういう風に考えていると、
「天使さま」
またクロエが追ってきた。
「どうした」
ファキイルは短く答える。
「天使さまともっと一緒にいたいです」
「それはできない」
ファキイルは言った。
「我には連れていかねばならぬ者たちがいるのでな」
ファキイルはフランツの方を見た。
「……」
クロエはとても悲しそうな顔になった。
「なら、代わりに皆で天使像のところへいかないか?」
何の慰めになるのだと心の中で黒く囁く声があったが、フランツは提案してみることにした。
「そうしよう」
ファキイルは歩き出した。クロエもそれに従う。
「あれあれ、皆さん仲良くお出かけですかぁ! ボクだけ置いてけぼりかってそんなのないですよぉ」
オドラデクが家の中から出てきて囃子立てた。
「お前も来い」
とは声を掛けたが、フランツはオドラデクに気を遣っていられない。
ファキイルの足どりは遅い。なのにクロエはその後ろを崇めるようにゆっくり歩いていた。
フランツはその姿を見ると宗教画を眺めるような崇高な気分になった。
天使像はすぐに見えてきた。死んだウジェーヌが自慢していた場所には、まだ誰も来ていなかった。
血の痕跡がわずかに残っていた。昨夜は暗かったし、完全に綺麗になったか確認する余裕がなかったのだ。
フランツは焦ったが、
「大丈夫ですよ」
と後ろから雑巾をオドラデクに渡された。即座にごしごしと拭き取った。
「天使さま、ここは私の大事な場所です」
クロエは両手を堅く合わせたまま、厳かに告げた。
「お前の思い出が籠もっているからな」
ファキイルの心遣いはフランツも感動したほどだった。
さっき部屋で行われた会話をちゃんと聞いていた上で、最適な答えをしたのだから。
「父さん……」
クロエの目には涙が宿った。
「残酷な話ですねえ。こんな世間の荒波の中へ独り取り残していくんですから」
オドラデクがフランツの耳元で言った。
「ほっぽり出せって言っていたのはお前だろ」
フランツは腹が立った。
「フランツさんが一番気にしてたじゃないですか。でも、結局クロエさんを置いて出ることになるって、これ、矛盾してませんかぁ?」
「それはそうだが……」
フランツは口ごもった。
「まあ、天使と逢うってクロエさんの願いだけは叶ったわけですがね」
オドラデクは被せた。
またルナのことを思い出した。ルナは話を提供した者の願いを、一つ叶えることにしているのだ。
「フランツ、オドラデク。行かないのか」
ファキイルが不思議そうに振り返る。
フランツは進み出て、ファキイルの服の袖を握った。
二つの肉塊の片方はオドラデクへ渡す。
オドラデクは嫌そうな顔をしていた。
「誰か助けてくれる大人を見付けろよ。近所の人でも良い。あ、そうだ。近くのパン屋の主人は世話焼きそうだったぞ。夜に起こしたのにパンを安値で売ってくれた。お前なら頼れば助けてくれるだろう」
フランツはクロエに言った。
「はい」
クロエは不安そうに頷いていました。
ファキイルは空に浮き上がった。朝の光は白く眩い。
飛翔を続けながら、南下した。黒々と波打つ海が見える。沖へ沖へ、船影もない方へ進む。
「それじゃあいきますか」
オドラデクがフランツに目配せした。
何をやるかはわかっている。
「いっ、せー、のーで!」
二人は同時に肉塊の入った包みを海の底まで落とした。
だがファキイルは怒る様子がなかった。
「そうか」
少し声を震わせながら、フランツは答えた。
「フランツも逢えればいいな。逢いたい人に」
ファキイルは静かに言った。
フランツは頬が熱くなるのを覚えた。
――逢いたい人とは、自分の場合誰なのだろう。
そういう風に考えていると、
「天使さま」
またクロエが追ってきた。
「どうした」
ファキイルは短く答える。
「天使さまともっと一緒にいたいです」
「それはできない」
ファキイルは言った。
「我には連れていかねばならぬ者たちがいるのでな」
ファキイルはフランツの方を見た。
「……」
クロエはとても悲しそうな顔になった。
「なら、代わりに皆で天使像のところへいかないか?」
何の慰めになるのだと心の中で黒く囁く声があったが、フランツは提案してみることにした。
「そうしよう」
ファキイルは歩き出した。クロエもそれに従う。
「あれあれ、皆さん仲良くお出かけですかぁ! ボクだけ置いてけぼりかってそんなのないですよぉ」
オドラデクが家の中から出てきて囃子立てた。
「お前も来い」
とは声を掛けたが、フランツはオドラデクに気を遣っていられない。
ファキイルの足どりは遅い。なのにクロエはその後ろを崇めるようにゆっくり歩いていた。
フランツはその姿を見ると宗教画を眺めるような崇高な気分になった。
天使像はすぐに見えてきた。死んだウジェーヌが自慢していた場所には、まだ誰も来ていなかった。
血の痕跡がわずかに残っていた。昨夜は暗かったし、完全に綺麗になったか確認する余裕がなかったのだ。
フランツは焦ったが、
「大丈夫ですよ」
と後ろから雑巾をオドラデクに渡された。即座にごしごしと拭き取った。
「天使さま、ここは私の大事な場所です」
クロエは両手を堅く合わせたまま、厳かに告げた。
「お前の思い出が籠もっているからな」
ファキイルの心遣いはフランツも感動したほどだった。
さっき部屋で行われた会話をちゃんと聞いていた上で、最適な答えをしたのだから。
「父さん……」
クロエの目には涙が宿った。
「残酷な話ですねえ。こんな世間の荒波の中へ独り取り残していくんですから」
オドラデクがフランツの耳元で言った。
「ほっぽり出せって言っていたのはお前だろ」
フランツは腹が立った。
「フランツさんが一番気にしてたじゃないですか。でも、結局クロエさんを置いて出ることになるって、これ、矛盾してませんかぁ?」
「それはそうだが……」
フランツは口ごもった。
「まあ、天使と逢うってクロエさんの願いだけは叶ったわけですがね」
オドラデクは被せた。
またルナのことを思い出した。ルナは話を提供した者の願いを、一つ叶えることにしているのだ。
「フランツ、オドラデク。行かないのか」
ファキイルが不思議そうに振り返る。
フランツは進み出て、ファキイルの服の袖を握った。
二つの肉塊の片方はオドラデクへ渡す。
オドラデクは嫌そうな顔をしていた。
「誰か助けてくれる大人を見付けろよ。近所の人でも良い。あ、そうだ。近くのパン屋の主人は世話焼きそうだったぞ。夜に起こしたのにパンを安値で売ってくれた。お前なら頼れば助けてくれるだろう」
フランツはクロエに言った。
「はい」
クロエは不安そうに頷いていました。
ファキイルは空に浮き上がった。朝の光は白く眩い。
飛翔を続けながら、南下した。黒々と波打つ海が見える。沖へ沖へ、船影もない方へ進む。
「それじゃあいきますか」
オドラデクがフランツに目配せした。
何をやるかはわかっている。
「いっ、せー、のーで!」
二人は同時に肉塊の入った包みを海の底まで落とした。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
神様のミスで女に転生したようです
結城はる
ファンタジー
34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。
いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。
目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。
美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい
死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。
気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。
ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。
え……。
神様、私女になってるんですけどーーーー!!!
小説家になろうでも掲載しています。
URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」
まほカン
jukaito
ファンタジー
ごく普通の女子中学生だった結城かなみはある日両親から借金を押し付けられた黒服の男にさらわれてしまう。一億もの借金を返済するためにかなみが選ばされた道は、魔法少女となって会社で働いていくことだった。
今日もかなみは愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミとなって悪の秘密結社と戦うのであった!新感覚マジカルアクションノベル!
※基本1話完結なのでアニメを見る感覚で読めると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる