月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第三十一話 いいですよ、わたしの天使(9)

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「乱暴なやりかただな」

 フランツの気分は良くなかった。

「いいじゃないですか。これなら誰からも気付かれない」

 オドラデクは言った。

「だが、それでもクロエには片付けさせられない」

「やれやれ。これ二度目ですよね。前も屍体の後始末させられたことがありますよ」

 オドラデクはロルカでの一件を思い出したようだ。

「仕方がない。俺たち猟人の歩くところには死があるのだから」

 フランツは弁解まがいに言った。いや、猟人だけがそうだというのではない。

 そもそもルナ・ペルッツの周りに死が充ち満ちていた。

 ルナはとても危うく、目を離すとどこか遠くにいってしまいそうに見えた。

――本来なら、まだ俺が傍にいたのかも知れないが。

 一瞬、そんなことを考えて頭を振った。

――俺は俺の道を進んだ。それの何が悪い。

「何言ってんですか。すべての生き物は死にますよ。この世には死が日常的にあって、珍しくも何ともない」

 オドラデクはぴしゃりと言った。

 ふっと、フランツの悩みが消えていくような気がした。

「そうだ。そうだよな」

 フランツは笑っていた。

「変なフランツさん」

 オドラデクは顔を顰めた。

 フランツはテーブルクロスや他に使い道のない布を用いて、二つの塊を包み込んだ。手に持ってみると予想外に軽い。

 オドラデクの腕前はなかなかのものと思われた。

 何の腕前かは知らないが。

「全部フランツさんがやってくださいようだ」

 オドラデクは疲れ切ったというようにベッドの上で横になっていた。

 まあ頼るまでもなくフランツは楽々と二つの塊を持ち運ぶことが出来た。それぐらいの訓練はされている。

 外に出てみると、ファキイルとクロエは花壇の縁に並んで一緒に坐っていた。

 「父さんと母さんに、いつか逢えるかな」

 ぽつりと漏れ聞こえるクロエの声を聞いて、フランツの目からは涙が流れていた。

――まさか、こんなに心が動かされるとは。

 出来る限り手に提げている二つの包みを目に入れさせないように注意した。

 さっきまで自分が考えていたことと響いたからかも知れない。

 この少女は己を虐待した相手のことをなおも想っているのだ。

 だが、大人――辛うじて大人の仲間入りをしているフランツは、それが叶わないことを知っている。

 どうしようなく切なく感じられた。

「クロエが良い子にしていたら、いつか逢えるかも知れないな」

 だが、ファキイルは甘い夢を語る。

「天使さま! 私の天使さま!」

 クロエはまた抱き付いていた。

 フランツは、疑問に想う。世間は厳しいのだ。少女が信じ込んでしまったらどう責任を取る?

 だが、ファキイルは静かに微笑むだけだった。

「おい」

 フランツは後ろからその背中を叩いた。

「どうした」

「少し話がある」

「わかった」

 ファキイルはクロエを優しく引き離して立ち上がった。

 そして、歩き出すフランツの横へゆっくりと移動した。

「あんな甘いことを」

「我が甘いことを言ったか」

「死んだ人間は甦らない」

 フランツは声を低めた。クロエにちょっとでも聞かれたくないと思ったからだ。

「甦るさ。我は見てきた」

 ファキイルは不思議そうに首を傾げていた。

「だか、アモスは死んだだろ。いまだに一度だって甦っていない!」

 そうまで声を荒げて、フランツは思わず背筋が寒くなった。アモスとは、かつてファキイルと行動を共にしたと神話で伝わる人物だ。

 この犬狼神は、かつてアモスを罵った海賊たちを長いこと海の上で彷徨わせていたのだから。
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