上 下
326 / 526
第一部

第三十一話 いいですよ、わたしの天使(4)

しおりを挟む
「どうだ、でかいだろう!」

 見るが早いかウジェーヌは勢いよく像まで走り始めた。

「ほへえ、なかなかのもんで」

 オドラデクはゆっくり追う。

 フランツは立ち止まって様子を窺うことにした。

「こんな天使像の頭からお前を見下ろせたら、すごく良い気分だろうなぁ」

 ウジェーヌは叫んだ。

「じゃあ、登ってみられたら宜しいのではー?」

 オドラデクは煽てた。

「よし」

 ウジェーヌはその通りにした。まず像の台石へと取り縋り、一つかみ、二つかみ。引っかかりそうな箇所を伝ってよじ登る。

「どうだ!」

 瞬く間に天使と肩を並べていた。

 「凄い凄い! 男らしい! よっ! アレーいち!」

 オドラデクは褒めちぎった。

「おうし! おうし! あとちょっとだ」

 さらに一踏ん張りとウジェーヌがその身体を伸び上がらせたところ。

 勢いよくその掌が滑った。

 汗で、だろう。

 空中で腰をくねらせて錐揉みし、ウジェーヌは落下した。

 頭ごと。

 ゴツンと言う鈍い音がした。

 またたくまに破裂した脳漿が広がり、路面に血は溢れた。

 ウジェーヌの口から、泡と上半身を激しく打ち付けた衝撃で出たと思われる吐瀉物が流れた。

「あ、死んじゃった」

 オドラデクはつまらなそうに言った。

 「おい、どうすんだこれ」

 驚いたフランツは走り寄った。

 あたりを見回すも、人はいないようだ。

 夜のアレーは本当に寂しい町だと思った。

「酔っ払いが像の上に登って死んだってだけですよ」

 オドラデクは服に血が着いていないか確認しながら後ろにさがった。

「父さん!」

 突然、第三者の声が聞こえた。

 フランツは振り返った。

 ウジェーヌが落ちたのと反対側にある天使像から、少女が身を震わせてこちらを覗き見ていた。

 隠れていたので、気付けなかったのだ。

「ちっ。連れがいたんですか。厄介ですね」

 オドラデクも振り返り、舌打ちをしていた。

 「馬鹿が、何が厄介なんだよ。殺したわけじゃあるまいし」

 だが、その言葉が少女を訊いて震え上がり,後ろを向いて逃走した。

「まーったまったまったぁ!」

 オドラデクは化け物めいた(実際化け物だが)勢いで走りだし、少女の行く先に回り込んだ。

「こんのぉガキンチョがぁ。逃げてんじゃないですよぉ」

「助けて……」

 オドラデクのぎらつく目で見詰められて、少女は震え出した。

「止めろ」

 フランツはオドラデクを押しのけ、少女と同じ高さまで屈んで、その瞳を見た。

「どうして夜中にこんなところまで来たんだ?」

「お腹が……空いて……お父さん、家に全然帰ってこないし……」

 少し安心したのか、少女は訥々と話し始めた。

 フランツはその頬に青痣が出来ていることに気付いた。

「お前、親父に虐待されてたのか?」

「……うん。お酒に酔うといつも撲られてるの……」

「なんだ、やっぱり死んで当然の奴は死ぬってこの世はうまく出来てますね」

 オドラデクはあっさりと言ってのける。

「余計なこと言うな」

 フランツは釘を刺した。

「はいはい」

「とりあえず、家に連れていってくれないか? 寒いし」

――遺体を何とかしなければならないしな。

 うっかり口に出しかけてしまい、急いで黙った。

 少女はまた歩き出した。

 フランツは、鞄からタオルを出して、路面についた血を拭き取ると、ウジェーヌの遺骸を背負いながら歩いた。

 重いものを扱うのは慣れている。

「お前の名前は?」

「クロエ」

「そうか。俺はフランツ。まあ短い間だがよろしくな」

 出来るだけ、優しく伝えたつもりだったが。

「……」

 クロエはまだ緊張が取れていないらしく、何も答えなかった。

「はははははは! 子供のお守りが得意なフランツさんでも御しきれませんか」

 オドラデクもやってくる。

 「誰が得意だと言った?」

 フランツは気恥ずかしくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...