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第一部
第三十一話 いいですよ、わたしの天使(4)
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「どうだ、でかいだろう!」
見るが早いかウジェーヌは勢いよく像まで走り始めた。
「ほへえ、なかなかのもんで」
オドラデクはゆっくり追う。
フランツは立ち止まって様子を窺うことにした。
「こんな天使像の頭からお前を見下ろせたら、すごく良い気分だろうなぁ」
ウジェーヌは叫んだ。
「じゃあ、登ってみられたら宜しいのではー?」
オドラデクは煽てた。
「よし」
ウジェーヌはその通りにした。まず像の台石へと取り縋り、一つかみ、二つかみ。引っかかりそうな箇所を伝ってよじ登る。
「どうだ!」
瞬く間に天使と肩を並べていた。
「凄い凄い! 男らしい! よっ! アレーいち!」
オドラデクは褒めちぎった。
「おうし! おうし! あとちょっとだ」
さらに一踏ん張りとウジェーヌがその身体を伸び上がらせたところ。
勢いよくその掌が滑った。
汗で、だろう。
空中で腰をくねらせて錐揉みし、ウジェーヌは落下した。
頭ごと。
ゴツンと言う鈍い音がした。
またたくまに破裂した脳漿が広がり、路面に血は溢れた。
ウジェーヌの口から、泡と上半身を激しく打ち付けた衝撃で出たと思われる吐瀉物が流れた。
「あ、死んじゃった」
オドラデクはつまらなそうに言った。
「おい、どうすんだこれ」
驚いたフランツは走り寄った。
あたりを見回すも、人はいないようだ。
夜のアレーは本当に寂しい町だと思った。
「酔っ払いが像の上に登って死んだってだけですよ」
オドラデクは服に血が着いていないか確認しながら後ろにさがった。
「父さん!」
突然、第三者の声が聞こえた。
フランツは振り返った。
ウジェーヌが落ちたのと反対側にある天使像から、少女が身を震わせてこちらを覗き見ていた。
隠れていたので、気付けなかったのだ。
「ちっ。連れがいたんですか。厄介ですね」
オドラデクも振り返り、舌打ちをしていた。
「馬鹿が、何が厄介なんだよ。殺したわけじゃあるまいし」
だが、その言葉が少女を訊いて震え上がり,後ろを向いて逃走した。
「まーったまったまったぁ!」
オドラデクは化け物めいた(実際化け物だが)勢いで走りだし、少女の行く先に回り込んだ。
「こんのぉガキンチョがぁ。逃げてんじゃないですよぉ」
「助けて……」
オドラデクのぎらつく目で見詰められて、少女は震え出した。
「止めろ」
フランツはオドラデクを押しのけ、少女と同じ高さまで屈んで、その瞳を見た。
「どうして夜中にこんなところまで来たんだ?」
「お腹が……空いて……お父さん、家に全然帰ってこないし……」
少し安心したのか、少女は訥々と話し始めた。
フランツはその頬に青痣が出来ていることに気付いた。
「お前、親父に虐待されてたのか?」
「……うん。お酒に酔うといつも撲られてるの……」
「なんだ、やっぱり死んで当然の奴は死ぬってこの世はうまく出来てますね」
オドラデクはあっさりと言ってのける。
「余計なこと言うな」
フランツは釘を刺した。
「はいはい」
「とりあえず、家に連れていってくれないか? 寒いし」
――遺体を何とかしなければならないしな。
うっかり口に出しかけてしまい、急いで黙った。
少女はまた歩き出した。
フランツは、鞄からタオルを出して、路面についた血を拭き取ると、ウジェーヌの遺骸を背負いながら歩いた。
重いものを扱うのは慣れている。
「お前の名前は?」
「クロエ」
「そうか。俺はフランツ。まあ短い間だがよろしくな」
出来るだけ、優しく伝えたつもりだったが。
「……」
クロエはまだ緊張が取れていないらしく、何も答えなかった。
「はははははは! 子供のお守りが得意なフランツさんでも御しきれませんか」
オドラデクもやってくる。
「誰が得意だと言った?」
フランツは気恥ずかしくなった。
見るが早いかウジェーヌは勢いよく像まで走り始めた。
「ほへえ、なかなかのもんで」
オドラデクはゆっくり追う。
フランツは立ち止まって様子を窺うことにした。
「こんな天使像の頭からお前を見下ろせたら、すごく良い気分だろうなぁ」
ウジェーヌは叫んだ。
「じゃあ、登ってみられたら宜しいのではー?」
オドラデクは煽てた。
「よし」
ウジェーヌはその通りにした。まず像の台石へと取り縋り、一つかみ、二つかみ。引っかかりそうな箇所を伝ってよじ登る。
「どうだ!」
瞬く間に天使と肩を並べていた。
「凄い凄い! 男らしい! よっ! アレーいち!」
オドラデクは褒めちぎった。
「おうし! おうし! あとちょっとだ」
さらに一踏ん張りとウジェーヌがその身体を伸び上がらせたところ。
勢いよくその掌が滑った。
汗で、だろう。
空中で腰をくねらせて錐揉みし、ウジェーヌは落下した。
頭ごと。
ゴツンと言う鈍い音がした。
またたくまに破裂した脳漿が広がり、路面に血は溢れた。
ウジェーヌの口から、泡と上半身を激しく打ち付けた衝撃で出たと思われる吐瀉物が流れた。
「あ、死んじゃった」
オドラデクはつまらなそうに言った。
「おい、どうすんだこれ」
驚いたフランツは走り寄った。
あたりを見回すも、人はいないようだ。
夜のアレーは本当に寂しい町だと思った。
「酔っ払いが像の上に登って死んだってだけですよ」
オドラデクは服に血が着いていないか確認しながら後ろにさがった。
「父さん!」
突然、第三者の声が聞こえた。
フランツは振り返った。
ウジェーヌが落ちたのと反対側にある天使像から、少女が身を震わせてこちらを覗き見ていた。
隠れていたので、気付けなかったのだ。
「ちっ。連れがいたんですか。厄介ですね」
オドラデクも振り返り、舌打ちをしていた。
「馬鹿が、何が厄介なんだよ。殺したわけじゃあるまいし」
だが、その言葉が少女を訊いて震え上がり,後ろを向いて逃走した。
「まーったまったまったぁ!」
オドラデクは化け物めいた(実際化け物だが)勢いで走りだし、少女の行く先に回り込んだ。
「こんのぉガキンチョがぁ。逃げてんじゃないですよぉ」
「助けて……」
オドラデクのぎらつく目で見詰められて、少女は震え出した。
「止めろ」
フランツはオドラデクを押しのけ、少女と同じ高さまで屈んで、その瞳を見た。
「どうして夜中にこんなところまで来たんだ?」
「お腹が……空いて……お父さん、家に全然帰ってこないし……」
少し安心したのか、少女は訥々と話し始めた。
フランツはその頬に青痣が出来ていることに気付いた。
「お前、親父に虐待されてたのか?」
「……うん。お酒に酔うといつも撲られてるの……」
「なんだ、やっぱり死んで当然の奴は死ぬってこの世はうまく出来てますね」
オドラデクはあっさりと言ってのける。
「余計なこと言うな」
フランツは釘を刺した。
「はいはい」
「とりあえず、家に連れていってくれないか? 寒いし」
――遺体を何とかしなければならないしな。
うっかり口に出しかけてしまい、急いで黙った。
少女はまた歩き出した。
フランツは、鞄からタオルを出して、路面についた血を拭き取ると、ウジェーヌの遺骸を背負いながら歩いた。
重いものを扱うのは慣れている。
「お前の名前は?」
「クロエ」
「そうか。俺はフランツ。まあ短い間だがよろしくな」
出来るだけ、優しく伝えたつもりだったが。
「……」
クロエはまだ緊張が取れていないらしく、何も答えなかった。
「はははははは! 子供のお守りが得意なフランツさんでも御しきれませんか」
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フランツは気恥ずかしくなった。
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