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第一部
第三十話 蟻!蟻!(12)
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「誰が返すか!」
おぞましいほど嗄《しゃが》れた声で、イザークは叫んだ。
「俺は今までずっと家の仕事ばかりさせられてきたんだ!」
身体の下に本を隠しながら、四つん這いとなっている。
「だからどうした」
ズデンカは近寄って、無理矢理引き離そうとした。
簡単にできるものと思った。だが案に相違して強い力で撥ね飛ばされる。
「よっと!」
身体が自然に動いて、着地した。
――こう言うことには慣れてるからな。
想像通り、イザークの右手は巨大な細く家の生えた形状に変化していた。筋肉が砕けてその中から現れたようだった。
蟻の前脚だ。
「え、え」
驚愕の面もちとなるイザーク。
「その本を持ったやつはな、時期に人間の姿を保てなくなっていくんだ」
ズデンカは冷たく言った。
「そんな……俺は……」
何か言おうとするその首が途中で逆側に捩れた。
何度も何度も捩れは続く。折れていく骨の音を軽快に響かせて。
やがて声が漏れなくなると、頭蓋骨が胴へと陥没していった。
脇腹が抉れる音がする。胴体が膨張を続けているのだ。
ズデンカは距離を取った。
「ぎぇ」
不気味な音が漏れた。骨が砕け、どす黒い触覚が二本突き出した。巨大な蟻の頭が現れたのだ。
胴体が潰れて腸をまき散らしながら、鈍く濁った翅が二枚現れた。
雄の蟻だ。
よろよろと蹌踉めきながら立ち上がり、ズデンカに迫っていった。
「でかいな」
成人した馬二頭分はあった。
羽化したばかりのように力弱く頼りなげに見えた。
――この程度なら、力で押しひしげないこともないが。
ズデンカは牝牛の化け物を素手で殺したことがある。
「君、ちょっと!」
ルナの声が聞こえて来た。
まだ退路は残されている。
ズデンカは急いで戻った。
ルナを守るように大蟻喰が立ち、カミーユが迫る作業員たちを地面に押さえつけていた。
――体術もなかなかのもんだな。
ズデンカは感心した。
しかし、同時に気になったのは、作業員の口から溢れ返っていた蟻が姿を消したことだ。
「どうした?」
ルナは答えず指差した。
多くの馬を間を縫って、蟻たちは一直線にある方向へ向かっていた。
姿を現した雄の蟻とも程近いその場所に黒い大きな塊が出来上がりつつあった。
とうとう、それ自体が一つの巨大な蟻の黒光りする甲殻へと変化する。
「女王さまの到来だ」
ルナがうっとりと言う。
ズデンカはつくづくルナの趣味は悪いと思った。
女王蟻は、即座に動き出した。前脚で馬たちの頭を掴んで引き寄せ、作業員も引き寄せた。
ルナは膜《バリア》を張り、カミーユに言って、気絶した者たちをその内側まで退避させる。
「人命優先か」
ズデンカは皮肉った。
「ほんというと馬も助けたいけど……女王さまは、暴れるのが目的じゃないようだ」
ルナは微笑んだ。
「なんだ?」
「お食事だよ」
女王蟻は頭から人や馬に齧り付き、凄い勢いで噛み切っていた。
「どういうことだ?」
「子供を産むためさ」
ハッとするズデンカ。
雄の蟻がよろよろと女王蟻へ近寄っていく。
餌を食べ終えた女王は、雄を両の前脚で捉えた。
雄は抗えず、女王へ引きずられるまま、強引に背中へ乗せられる。
「交尾だよ」
ルナはあっさりと言った。
ズデンカは気恥ずかしくなった。
おぞましいほど嗄《しゃが》れた声で、イザークは叫んだ。
「俺は今までずっと家の仕事ばかりさせられてきたんだ!」
身体の下に本を隠しながら、四つん這いとなっている。
「だからどうした」
ズデンカは近寄って、無理矢理引き離そうとした。
簡単にできるものと思った。だが案に相違して強い力で撥ね飛ばされる。
「よっと!」
身体が自然に動いて、着地した。
――こう言うことには慣れてるからな。
想像通り、イザークの右手は巨大な細く家の生えた形状に変化していた。筋肉が砕けてその中から現れたようだった。
蟻の前脚だ。
「え、え」
驚愕の面もちとなるイザーク。
「その本を持ったやつはな、時期に人間の姿を保てなくなっていくんだ」
ズデンカは冷たく言った。
「そんな……俺は……」
何か言おうとするその首が途中で逆側に捩れた。
何度も何度も捩れは続く。折れていく骨の音を軽快に響かせて。
やがて声が漏れなくなると、頭蓋骨が胴へと陥没していった。
脇腹が抉れる音がする。胴体が膨張を続けているのだ。
ズデンカは距離を取った。
「ぎぇ」
不気味な音が漏れた。骨が砕け、どす黒い触覚が二本突き出した。巨大な蟻の頭が現れたのだ。
胴体が潰れて腸をまき散らしながら、鈍く濁った翅が二枚現れた。
雄の蟻だ。
よろよろと蹌踉めきながら立ち上がり、ズデンカに迫っていった。
「でかいな」
成人した馬二頭分はあった。
羽化したばかりのように力弱く頼りなげに見えた。
――この程度なら、力で押しひしげないこともないが。
ズデンカは牝牛の化け物を素手で殺したことがある。
「君、ちょっと!」
ルナの声が聞こえて来た。
まだ退路は残されている。
ズデンカは急いで戻った。
ルナを守るように大蟻喰が立ち、カミーユが迫る作業員たちを地面に押さえつけていた。
――体術もなかなかのもんだな。
ズデンカは感心した。
しかし、同時に気になったのは、作業員の口から溢れ返っていた蟻が姿を消したことだ。
「どうした?」
ルナは答えず指差した。
多くの馬を間を縫って、蟻たちは一直線にある方向へ向かっていた。
姿を現した雄の蟻とも程近いその場所に黒い大きな塊が出来上がりつつあった。
とうとう、それ自体が一つの巨大な蟻の黒光りする甲殻へと変化する。
「女王さまの到来だ」
ルナがうっとりと言う。
ズデンカはつくづくルナの趣味は悪いと思った。
女王蟻は、即座に動き出した。前脚で馬たちの頭を掴んで引き寄せ、作業員も引き寄せた。
ルナは膜《バリア》を張り、カミーユに言って、気絶した者たちをその内側まで退避させる。
「人命優先か」
ズデンカは皮肉った。
「ほんというと馬も助けたいけど……女王さまは、暴れるのが目的じゃないようだ」
ルナは微笑んだ。
「なんだ?」
「お食事だよ」
女王蟻は頭から人や馬に齧り付き、凄い勢いで噛み切っていた。
「どういうことだ?」
「子供を産むためさ」
ハッとするズデンカ。
雄の蟻がよろよろと女王蟻へ近寄っていく。
餌を食べ終えた女王は、雄を両の前脚で捉えた。
雄は抗えず、女王へ引きずられるまま、強引に背中へ乗せられる。
「交尾だよ」
ルナはあっさりと言った。
ズデンカは気恥ずかしくなった。
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