月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第三十話 蟻!蟻!(8)

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「さっきの話から思い付いたのか」

「うん。まあ、彼女たちなら何か知っているかなってあたりをつけてたけどね」

 ルナはいつの間にかずれていた帽子を元に戻した。

「蟻を『彼女たち』かよ」

 二秒ばかり黙った後、ようやく意味を理解して、ズデンカは鼻で笑った。

「虫だって生きて死ぬ以上、われわれの仲間さ。侮っていたら酷い目にあうよ」

 ルナは微笑んだ。

「へいへい」

 ズデンカはふざけてうなずいた。

 確かに、一つの方向を目指して蟻たちは進んで行っているらしい。厩舎の外の雑木林へ向かっているのだ。

――サシャがいつもいたって言う場所だな。

「ひゃっ!」

 外で寂しく立ち尽くしていたカミーユが大声を上げていた。

「大丈夫か?」

 ズデンカは駆け寄った。ルナのお守りが大変ですっかり忘れていた。

「はい。ちょっと心細かったけど……それより、蟻たちがルナさんの前に」

 カミーユは蟻の方を見た。

「ああ。あれはルナが呼び寄せたようなもんだから心配しないでいい。お前に危害を加えたりはしないだろう」

「はい!」

 そうは言いながらカミーユはズデンカにぴったり寄り添い、先に進んでいたルナと大蟻喰に合流した。

――気恥ずかしい。

 ルナと歩く時とは違って、カミーユとではまるで恋人同士のように意識してしまう。なぜかはよくわからなかった。

「遅いやつらだね」

 大蟻喰は振り返って毒突いた。

「ゆっくり行くのもいいものさ。蟻がいなかったら、わたしもゆっくり歩きたいな」

「おい、聞こえてるぞ」

 ズデンカは怒鳴った。

「くすっ」

 カミーユが笑っていた。気に掛けていたズデンカはそれで安心した。

 蟻たちは構いもなく、ひたすらに進んだ。林の緑の中に突然差し込まれた黒は、怜悧なほどクッキリと映えた。

 やがてわずかに土が盛り上がった場所が見えてきた。蟻はそこへ向かって凝集する。

「なにかあるね」

 ルナが指差した。

「どうするんだよ」

「シャベルがあればいいんだけど。そこまで気が回らなかったのは残念」

 ルナは舌を出した。

「ズデ公が手で掘れよぉ!」

 大蟻喰がはやし立てた。

「待ってろ」

 ズデンカは振り返り、全速力で駆け出した。あっという間に厩舎に辿り着き、壁に立て掛けてあったシャベルを取った。

 幸い見ていたのは厩舎に繋がれた馬たちだけだった。

 そのまま一直線に引き返す。

 経過したのは五秒。

 時計は見ていないが、歩けば片道で十五分は掛かりそうな道のりだ。

 独りでなら、これぐらい早く走れるのだとズデンカは実感した。

「私が掘ります」

 すかさずカミーユが挙手したが、ズデンカは押し留めた。

「こういう仕事は全部あたしがやるってことに決めてんだ」

「殊勝な心がけだね」

 と大蟻喰。

――こいつの言うがままになるのは正直しゃくだが。

「てめえに言われて掘るわけじゃねえよ」

 ひょいひょいとシャベルを操り、土を気軽に掘り進めながらズデンカは言った。

 この程度なら片手でも出来てしまう。もっと重労働をしたことは幾らでもある。

 だが、開けられた穴のへりに土が積もってきた頃合いだ。

 ガキリ。

 と嫌な音がした。ズデンカはシャベルの動きを止めた。

「やっと出てきたね」

 ルナは静かに言った。

 シャベルはサシャの頭蓋骨に当たっていたのだ。しかし、既に死んでいるために血は吹きこぼれなかった。 

 埋められてだいぶ経っていただろう。全身を覆い尽くすように蛆が集っていた。

「ひでえ有様だな」

 ズデンカは呟いた。
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