月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

文字の大きさ
上 下
311 / 526
第一部

第三十話 蟻!蟻!(4)

しおりを挟む
「待てよ」

 ズデンカは意を察し、並んで歩く。

「何をしたい?」

「サシャさんがキーマンだ。なら、イザークさんに話を聞かないといけない」

 ルナはあっさり答えた。

「また男と話すのか」

 ズデンカは男が嫌いなのだ。それはルナも同じことだと確認を取っていたはずだが。


「ああ、必要なら話すさ。好き嫌いとそれは別だ」


  ルナは勢い込んで、厩舎の中で蟻を何匹も掃き散しているイザークの元へ走っていった。

 ズデンカは外で待つことにした。

「弟さんとはどうだったんですか」

「あまり話はしないな」

 イザークはとても無口だ。しかもルナの顔も見ずに話した。

 一匹が横転した以外、馬の被害はないようだった。

「失踪する以前には?」

 そう訊くルナにイザークは答えず、黙々と作業をやり続けるだけだった。

――兄弟でも色々だな。


 ズデンカは前ランドルフィ王国で出会った、礼儀正しい兄弟とは大違いだと思った。

「やれやれ参ったよ」

 ルナはしばらく粘っていたが、イザークのあまりの無口さに断念して引き上げてきた。

 他の連中にも訊いてみたが断られたのだという。

「例の力を使えばいいんじゃないか」

 ズデンカはうっかり口を滑らしたが、すぐに後悔した。

 ルナは自分や他人の頭に浮かんだイメージを実体化出来る能力がある。

 中立国ラミュの首都デュレンマットでスワスティカ残党に襲撃された際はその力を使いすぎてルナは消耗していた。また同じことの繰り返しになることを恐れたのだ。

「うーん、そうするかぁ。わたしとしたら本人の口から聞きたかったんだけど」

 ルナは迷っているようだった。

「なら止めろ」

「いや、やるよ」

 ルナはパイプを取り出した。火を点すと、もくもく煙が周囲にあふれる。

 するとその煙の中から、まだ顔に幼さの残る青年が姿を現し、厩舎の中へと歩いていった。

  ちょうど、蟻の掻き出しが終わり、一段落付いた頃合いだった。

「サシャ!」

 働いている連中はイザークも含めて驚いていた。

「無事だったのか」

「どこへ行っていた?」

 周りに駆け寄られても、手で押し退け、サシャは厩舎の中心まで移動した。

 胡座を掻いて坐り込む。

 そのまま動きが止まってしまう。

「これは……あの時と一緒だ!」

 誰かが叫んだ。

「サシャがいなくなった時と!」

「当たり前だね」

 ルナが嘯いた。皆の記憶の中にある光景を実際化したのだから、当然というわけだろう。

 突然、サシャが何かぶつぶつと呟き始めたが、意味がよくわからない。ズデンカはネルダ語がかなりよく聴き取れる方だが、まるで支離滅裂だった。

 と、いきなり、サシャの口が開いた。そこから無数の蟻が次から次へと涌きだした。

「うわぁ!」 

 周りの人々はいきなり蟻に身体を集られ、混乱して、逃げ惑っていた。

 サシャはそれを見届けると無表情のまま外へ出ていった。

 そして消えた。

 蟻も一緒に。

「これが、みんなが実際に目にしたことさ」

 ルナは言った。

「刺激が強すぎたな」

 まだ身体をかきむしっている人々を前にズデンカは言った。

「同じ恐怖を二度体験させちゃったわけだからね。答えて貰えなかったんだから仕方ないよ」

 ルナは少し意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「答えりゃよかったのに」

「仕方ないさ、ここではわたしたちはよそ者だ。それにサシャさんの」

 とルナはここで黙る。

「何だよ?」

 ズデンカは訊いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨
ファンタジー
普通の高校生として生きていく。その為の手段は問わない。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

処理中です...