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第一部
第二十九話 幻の下宿人(4)
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「お前がいつまで経っても成長しないからだろうがよ」
ズデンカは皮肉った。
「そうかなあ。わたしはわたしなりに成長してるつもりだけど」
ルナは首を傾げた。
「まあ、な」
ズデンカも流石に全否定は出来兼ねた。旅をする中で、ルナとは言え以前と比べたらちゃんとやっているなと思えることは増えたのだから。だが、一般人レベルにすらまだなかなか到っていないのだ。
ルナは気にせず、また黙々と肉の切断をし始めたのでズデンカは言葉を続けなかった。
「そろそろ、宜しいでしょうか」
よほどルナに話を聞いて貰いたかったのか、ルナとカミーユが食べ終えた頃合いを見計らって他の客の応対に向かっていたヤナーチェクが近付いて来た。
「はいはい! もちろんわたしはいつでも準備が調ってますよ」
ルナは待ってましたとばかりに声を張り上げた。
「それでは、実はこの店、親父の生前は普通の料理屋だったんですよ。死んだすぐ後、去年の今ぐらいからだんだん宿屋事業へ拡大していったんですが……」
「ご営業熱心なことです」
皮肉に思われるかも知れないぐらい、ルナは感情を籠めない声で答えた。
「はい。まず手始めに下宿からやろうってことになりました。知り合いの息子さんで、その年の春からフラバル大学の学生になる方を泊めることにしたんです」
「なるほど、お試しみたいな感じですね。それで、うまくいったんですか?」
「それが……」
ヤナーチェクは項垂れた。
「何かあったんですね?」
ルナが鋭く訊いた。
「はい……」
とヤナーチェクは語り始めた。
ヴァーツラフは内気な性格の青年でした。生まれ故郷を遠く離れての都会生活。ひどく緊張しているようでした。
本が好きで、いつも腋に挟んで、暇があると開いて読んでいました。
僕も本は好きなのでその点では話が合いましたけどね。
ペルッツさまの本もかなり読んでいるようでしたよ。語学の勉強にと、原書を取り寄せてまで。
でも、打ち解けると言うまではいかなかったのは、ヴァーツラフが心理的な壁を作って、誰とも関わらないようにしていたからでしょう。
最初、下宿経営自体はうまくいっていましたよ。ヴァーツラフの親が毎月大枚のお金を送ってくれましたので。
ところが、数ヶ月も経たないうちにヴァーツラフは大学も行かず、部屋に籠もり、僕が扉越しに声を掛けても返事をしないようになりました。
扉の向こうでは何か呪文のような言葉がぶつぶつ唱えられているではありませんか。
たくさんのお金を貰っているのです。餓死させたら大変だと僕は思いました。
工具を取り出して扉をこじ開け、中に入りました。
「一体何を……!」
そこまで言いかけて僕は黙りました。
寝台や机などは部屋の隅に追いやられ、床には白墨《チョーク》で何か魔方陣のような紋様が描かれていたのです。
その時思い当たりました。ヤナーチェクの集めていた本の中には、小説類だけではなく、魔道書のようなものがたくさんあったことを。
禁術と呼ばれる技を試したがる若者がいることは話では知っていましたが、まさかヴァーツラフがそうだとは。
思わず紋様を足で踏みにじって叫びました。
「変なことは止めろ! 戻ってこられなくなるぞ!」
ところが、ヴァーツラフはぼんやりと僕の顔を見るだけです。
ズデンカは皮肉った。
「そうかなあ。わたしはわたしなりに成長してるつもりだけど」
ルナは首を傾げた。
「まあ、な」
ズデンカも流石に全否定は出来兼ねた。旅をする中で、ルナとは言え以前と比べたらちゃんとやっているなと思えることは増えたのだから。だが、一般人レベルにすらまだなかなか到っていないのだ。
ルナは気にせず、また黙々と肉の切断をし始めたのでズデンカは言葉を続けなかった。
「そろそろ、宜しいでしょうか」
よほどルナに話を聞いて貰いたかったのか、ルナとカミーユが食べ終えた頃合いを見計らって他の客の応対に向かっていたヤナーチェクが近付いて来た。
「はいはい! もちろんわたしはいつでも準備が調ってますよ」
ルナは待ってましたとばかりに声を張り上げた。
「それでは、実はこの店、親父の生前は普通の料理屋だったんですよ。死んだすぐ後、去年の今ぐらいからだんだん宿屋事業へ拡大していったんですが……」
「ご営業熱心なことです」
皮肉に思われるかも知れないぐらい、ルナは感情を籠めない声で答えた。
「はい。まず手始めに下宿からやろうってことになりました。知り合いの息子さんで、その年の春からフラバル大学の学生になる方を泊めることにしたんです」
「なるほど、お試しみたいな感じですね。それで、うまくいったんですか?」
「それが……」
ヤナーチェクは項垂れた。
「何かあったんですね?」
ルナが鋭く訊いた。
「はい……」
とヤナーチェクは語り始めた。
ヴァーツラフは内気な性格の青年でした。生まれ故郷を遠く離れての都会生活。ひどく緊張しているようでした。
本が好きで、いつも腋に挟んで、暇があると開いて読んでいました。
僕も本は好きなのでその点では話が合いましたけどね。
ペルッツさまの本もかなり読んでいるようでしたよ。語学の勉強にと、原書を取り寄せてまで。
でも、打ち解けると言うまではいかなかったのは、ヴァーツラフが心理的な壁を作って、誰とも関わらないようにしていたからでしょう。
最初、下宿経営自体はうまくいっていましたよ。ヴァーツラフの親が毎月大枚のお金を送ってくれましたので。
ところが、数ヶ月も経たないうちにヴァーツラフは大学も行かず、部屋に籠もり、僕が扉越しに声を掛けても返事をしないようになりました。
扉の向こうでは何か呪文のような言葉がぶつぶつ唱えられているではありませんか。
たくさんのお金を貰っているのです。餓死させたら大変だと僕は思いました。
工具を取り出して扉をこじ開け、中に入りました。
「一体何を……!」
そこまで言いかけて僕は黙りました。
寝台や机などは部屋の隅に追いやられ、床には白墨《チョーク》で何か魔方陣のような紋様が描かれていたのです。
その時思い当たりました。ヤナーチェクの集めていた本の中には、小説類だけではなく、魔道書のようなものがたくさんあったことを。
禁術と呼ばれる技を試したがる若者がいることは話では知っていましたが、まさかヴァーツラフがそうだとは。
思わず紋様を足で踏みにじって叫びました。
「変なことは止めろ! 戻ってこられなくなるぞ!」
ところが、ヴァーツラフはぼんやりと僕の顔を見るだけです。
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