月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第二十九話 幻の下宿人(1)

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――ネルダ共和国西部フラバル
 
 国境検問所を抜けると、フラバルの宏大な町並みが広がっていた。

 ネルダ西部の主要な都市だ。中世の名残を忍ばせるオレンジ色の煉瓦《レンガ》屋根を持つ建物が建ち並んでいる。

 綺譚収集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツ一行は西から入って南へ抜け、メイド兼従者兼馭者、吸血鬼《ヴルダラク》ズデンカの故郷、ゴルダヴァを目指す旅路の途中にある。

 同行するナイフ投げ、カミーユ・ボレルは国境検問の物々しさに辟易して、冷や汗を掻いていた。

「身体の色んなところを触られそうになりましたよー! 女性の事務員さんにお願いして、代わって貰ったんです」

 所内では別々になって検問されていた三名が合流したのは外でだった。

 それゆえ、頭を突き合わせての情報交換だ。

「こっちも似たようなものだよ。誰もわたしの名前を知りもしなかった。さすがに裸にまではされないで良かったね」

 ルナは煙を吐きながら言った。

「なんでもテロリズムを警戒しているんだそうだ。ネルダの政権は出来たばかりで不安定だからな」

 流石のズデンカも身体中を触られるのは辟易したので、二人と同じように女性の事務員にお願いしていた。

 かつてあった王国が崩壊し、内部分裂に乗じて伸張してきたスワスティカに併合され、戦後解放され独立を果たしたネルダ。

 それから既に十年。

 大統領のハシェクが長らく政権を握っているものの、野党の勢いが強く、過激派も押さえ込めていない状況だ。

「君、人間の十年はとーても長いんだよ。たくさんのものが変わってしまう」

 ルナが人差し指をピンと立てて言った。

「だからどうした? あたしは吸血鬼だ」

 ズデンカに取ってみれば、確かに『出来たばかり』だが。

「会うのが十年早ければわたしは娘だし、十年後ならおばさんだ。君が今のわたしに出会えたのは奇跡だと言ってもいい」

「やけに汚ねえ奇跡だな」

 ズデンカは会心の皮肉を飛ばす。

「酷いこと言うなよー」

 言葉とは逆にルナはヘラヘラ笑っていた。

「息がぴったりですね、お二人とも!」

 だんだん態度が砕けてきたカミーユがニヤニヤ笑いながら言った。

「よく言われるさ」

「よく言われるぜ」

 返す言葉もぴったりだった。流石にズデンカは恥ずかしくなった。だがルナは動じてないようだ。

 ぐー。

 そこに音が響いた。

 カミーユは顔を赤くした。

「私です! すっかりお腹が空いちゃって!」

「そう言えば、わたしもお腹空いたな。朝食抜いてきたもんね」

 ルナは同調した。

「はあ!」

 とため息を吐くズデンカの主食はもちろん血だ。

 最近あまり摂取出来ているとは言いがたい。眠ることはない長い夜中など、渇きを不意に覚えることがある。

 先ほどまで流血の最中にいたのだから、なおさら飢《かつ》えはひどい。

 人を襲っても良いのだが、罪もない者を犠牲にはしたくない。だから、悪い奴を探して存分に血を啜る。

 だが、最近お目に掛かったやつらはみんなとり逃がしまっているのだ。

「とりあえず、宿を探そう。そこでご飯も食べれるだろうさ」

 ルナが言った。

 二人は従った。

 宿はすぐに見つかった。国境付近にある街なので、旅人を誘導する標識が掲げられていたからだ。

  ルナが先陣を切って三人は中へ入り込んでいった。
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