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第一部
第二十八話 遠い女(9)
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「ネルダは大きな町が幾つもあるからね! 絶対に合う材料が見つかるよ!」
「ですよね! 私、可愛い星柄のやつがいいなー!」
カミーユは黄色い声を張り上げていた。
「やれやれ」
ズデンカは話に付いていけなかったので、アデーレの方を見た。こっちは腕を組んで、静かに押し黙っている。
「渋り顔だな。なんか気張ってんのか?」
少し下品な言い方だが、そうまでしてからかいたくなった。
ズデンカは久しくご無沙汰だが、人間の習慣ぐらいルナでよく理解している。
「んはぁ?」
と立ち上がるアデーレの顔はさらに真っ赤になっていた。
「顔が赤いぞ」
「メイド、お前よくも予に向かって!」
アデーレは立ち上がってズデンカに顔を近づけてきた。よっぽど恥ずかしかったのだろう。
「はぁー? 軍医総監さまがよう、ずいぶん些細なことでお怒りになるんだなあ?」
ズデンカはいつになく喧嘩腰になっている自分に気付いた。
一瞬でもルナがカミーユに取られてしまったようで、なんだか無性に悔しかったのだ。
その腹いせだ。
「予はすぐに怒りを鎮められるほど徳が高い! お前などに腹を立てたわけではなく……もごもごもご」
アデーレは真に受けてなにかぶつぶつと呟いた。気勢を削がれてズデンカから身を引き離す。
――素直なやつだ。
ズデンカは内心苦笑した。
その時、馬車が軽く揺れて止まった。
「到着致しました」
兵士が走り寄ってきて告げた。
「わかった」
顔を半ば掌で蔽いながらアデーレは答える。
「はー、流石に何時間も狭いとこに閉じ込められるのは答えるよー!」
ルナは大きく伸びをした。帽子が落ちそうになったのをズデンカは素早く受け止める。
「ありがと」
扉を開いて階段を降りる前にルナはそれを受け取った。
カミーユ、アデーレが続き最後がズデンカになった。
――今、狙われる可能性もあるんだからあたしが先に出るべきだったか。
と考えながら。
「お前らとはここでお別れだ。おい、メイド!」
アデーレは声を張り上げて、ズデンカを見た。
「何だよ」
「改めて言っておく。ルナの命にもしものことがあったら、承知しないからな!」
「あ?」
ズデンカにとってはそのようなこと言わずもがなのことだった。
もしルナが虫の息になったら吸血鬼《ヴルダラク》に転化させても生きながらえさせようとするだろう。
だが、要はこれはアデーレが車内でズデンカに一杯食わされたことに対する当て付けなのだろう。
――まったく、年頃のガキみたいなマネをしやがるな。
ズデンカは無視することにした。
ルナはと見れば、さっさと国境検問所まで歩き始めている。
その横ではカミーユが並んで、楽しそうに話していた。
――あれだけナイフを仕込んでやがるのに。
その歩き方は軽やかだった。『霰弾亭』を出発するときは気付かなかったが、今ならわかる。
もうこうなるとズデンカは明確に嫉妬を覚えていた。
まだなにかわめき続けるアデーレを遠く引き離しながら、ズデンカは急ぎ足で駆け寄った。
「危ないぞ。生身の人間だけで歩くのは止めろ」
「あれ、どうしちゃったの、君、そんな怖そうな顔で?」
ルナが首を傾げた。
――怖く見えているのだろうか。
「なこたねえよ」
「不思議だなあ」
ルナはわかっているのかわかってないのか、微笑みながら歩いていく。
「ズデンカさん、ルナさんって面白いですね」
カミーユが明るく言った。
「今さら気付いたのかよ」
ズデンカは少し優越感を持った。
「ですよね! 私、可愛い星柄のやつがいいなー!」
カミーユは黄色い声を張り上げていた。
「やれやれ」
ズデンカは話に付いていけなかったので、アデーレの方を見た。こっちは腕を組んで、静かに押し黙っている。
「渋り顔だな。なんか気張ってんのか?」
少し下品な言い方だが、そうまでしてからかいたくなった。
ズデンカは久しくご無沙汰だが、人間の習慣ぐらいルナでよく理解している。
「んはぁ?」
と立ち上がるアデーレの顔はさらに真っ赤になっていた。
「顔が赤いぞ」
「メイド、お前よくも予に向かって!」
アデーレは立ち上がってズデンカに顔を近づけてきた。よっぽど恥ずかしかったのだろう。
「はぁー? 軍医総監さまがよう、ずいぶん些細なことでお怒りになるんだなあ?」
ズデンカはいつになく喧嘩腰になっている自分に気付いた。
一瞬でもルナがカミーユに取られてしまったようで、なんだか無性に悔しかったのだ。
その腹いせだ。
「予はすぐに怒りを鎮められるほど徳が高い! お前などに腹を立てたわけではなく……もごもごもご」
アデーレは真に受けてなにかぶつぶつと呟いた。気勢を削がれてズデンカから身を引き離す。
――素直なやつだ。
ズデンカは内心苦笑した。
その時、馬車が軽く揺れて止まった。
「到着致しました」
兵士が走り寄ってきて告げた。
「わかった」
顔を半ば掌で蔽いながらアデーレは答える。
「はー、流石に何時間も狭いとこに閉じ込められるのは答えるよー!」
ルナは大きく伸びをした。帽子が落ちそうになったのをズデンカは素早く受け止める。
「ありがと」
扉を開いて階段を降りる前にルナはそれを受け取った。
カミーユ、アデーレが続き最後がズデンカになった。
――今、狙われる可能性もあるんだからあたしが先に出るべきだったか。
と考えながら。
「お前らとはここでお別れだ。おい、メイド!」
アデーレは声を張り上げて、ズデンカを見た。
「何だよ」
「改めて言っておく。ルナの命にもしものことがあったら、承知しないからな!」
「あ?」
ズデンカにとってはそのようなこと言わずもがなのことだった。
もしルナが虫の息になったら吸血鬼《ヴルダラク》に転化させても生きながらえさせようとするだろう。
だが、要はこれはアデーレが車内でズデンカに一杯食わされたことに対する当て付けなのだろう。
――まったく、年頃のガキみたいなマネをしやがるな。
ズデンカは無視することにした。
ルナはと見れば、さっさと国境検問所まで歩き始めている。
その横ではカミーユが並んで、楽しそうに話していた。
――あれだけナイフを仕込んでやがるのに。
その歩き方は軽やかだった。『霰弾亭』を出発するときは気付かなかったが、今ならわかる。
もうこうなるとズデンカは明確に嫉妬を覚えていた。
まだなにかわめき続けるアデーレを遠く引き離しながら、ズデンカは急ぎ足で駆け寄った。
「危ないぞ。生身の人間だけで歩くのは止めろ」
「あれ、どうしちゃったの、君、そんな怖そうな顔で?」
ルナが首を傾げた。
――怖く見えているのだろうか。
「なこたねえよ」
「不思議だなあ」
ルナはわかっているのかわかってないのか、微笑みながら歩いていく。
「ズデンカさん、ルナさんって面白いですね」
カミーユが明るく言った。
「今さら気付いたのかよ」
ズデンカは少し優越感を持った。
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