月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第二十八話 遠い女(2)

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「どんな話したの?」

 アデーレが扉を開けるとルナが訊いてきた。

 「い、いや、大した内容ではない。ルナとどんな旅を送っているか、メイドに訊いてみたくなったんだ」

 あからさまに焦りながらアデーレは答えた。

「ふうん、変なの。ここで話してったらいいのにさ」

 ルナは不思議そうに首を傾げていた。

「それより、お前は何を話していた」

 流石にズデンカはルナの関心を逸らす方法を熟知していた。

「ふふ、まあちょっとしたガールズトークさ」

 と言ってルナはパイプを握った手をクイッと捻った。

「なんだよ。話さねえのか」

「君がアデーレとどんな話をしたか、教えてくれたら教えてあげるよ」

 ルナもさる者。なかなか難しい交換条件を提示してきた。

 そもそも、アデーレとの間の会話を話しても何も問題はないはずだ。

 ルナはヒルデガルトで自分に殺人容疑が掛かっていることなど、とっくに承知しているはずだから。ズデンカがどう答えたとして、さしてこだわらないだろう。

 だが今目の前には当のアデーレがいる。秘密にしろとは言われていないものの、なかなかに気まずい。

 アデーレのことを配慮する必要はないが、ささいなことで恨みを買っても後々面倒だと思われた。

 対してズデンカはルナがカミーユとどんな話をしていたのか、凄く気になっている。今すぐにでも訊きたいほどだ。だが、アデーレとの会話をばらさないと教えてくれないという。

 ズデンカはルナの横に腰を下ろしながら、逡巡していた。

「さあ、どう答える?」

 ルナはズデンカの瞳を吸い込むように眺めてきた。

 言葉が返せなかった。馬車はまだなかなか進まない。

 決まりの悪い時間が流れた。

「いえ、趣味の話ですよ。私はお裁縫が好きで、少しずつ熊のぬいぐるみを作ってるって話したら、ペルッツさまが昔持ってたよって答えてくださって。それでどんなかたちしてるかとかで話が盛り上がって……」

 黙っていたカミーユが突然言った。

 意外な横槍だった。 

 ルナは苦笑いを浮かべていた。

「そんな話、今まで聞いたこともなかったぞ」

 ズデンカはびっくりしていた。

 ぬいぐるみとはルナらしくもない。だが男装に身を固める以前は親から少女の格好をされていたとはチラッと聞いたことがあった。

「両親に持たされていたっていう方が近いかな。そんなに好きじゃなかったさ。でも、小さい頃は友達も少なかったしね。ミーシャって名前を付けて呼んでいたよ。空想上の友達イマジナリー・フレンドってやつだ」

 ルナも観念したのか饒舌に話した。言葉とは裏腹に随分楽しそうだ。

「私もまだ作りかけなんですが、メアリーって言う名前を付けているんです! こんなこと他の方に話したことないですよ。いい年してって笑われちゃうかもって考えたら恥ずかしくって!」

 カミーユも楽しそうだ。さきほどまで正確無比なナイフを投げていた人間とはとても思われなかった。

「色々お伺いしたんですよ! レースのお洋服を着せていたり、リボンまで巻いていたりって。私も着せてみたいな!」

 カミーユは両掌を合わせ、目を輝かせていた。

 女子らしい女子。

 そうではないルナを長いこと相手にしてきたズデンカは調子が狂ってしまう。
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