月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

文字の大きさ
上 下
288 / 526
第一部

第二十七話 剣を鍛える話(11)

しおりを挟む
「なるほど。身を粉々にした後で刃に戻したのか。確かに我は『少しでも刃を中てることが出来たら』と言った。汝の勝ちだ。フランツ、いや、オドラデクか」

 ファキイルの頬に付いた傷はすぐに塞がっていった。

 やはり、千年の時を生きるあたり、吸血鬼にも近い身体かも知れないとフランツは思った。

「えっへん! 勝てたのはぼくのお陰ですね」

 オドラデクは胸を張って微笑んだ。

「剣をくれ」

 フランツは、ぽかんと口を開けたままで立っていたオディロンの元へと歩いていった。

 「まあ……言葉通り、だしな」

 なお躊躇う様子を見せたが、オディロンは鞘ごとフランツに渡した。

 フランツは何も言わず剣を抱きしめた。

「ふふふ、にやけてますよ。そんなに欲しかったんですねえ」

 オドラデクはフランツの頬を突《つつ》いた。

「本当にお前のお陰だ……ありがとな」

 フランツは俯きながら言った。

「え、いま、何て言いましたぁ? もう一回、繰り返してくださいよ! お願いします! もう一回!」

 フランツは二度と繰り返しはしなかった。

 だが、オドラデクに感謝したことは後悔していない。

 ファキイルは殺すつもりがなかった――かならずオドラデクは自分を守るだろうと確信してあの攻撃を放ったのだろう。

 つまり、短い間旅して二人の関係性を見抜いた上で行ったのだ。

――やはり只者ではない。

 フランツは畏敬の念のような感情を覚えた。

「名前は付けないのか」

 ファキイルが訊いた。

「剣に名前が必要か?」

 フランツは驚いた。

「中には付ける者もいる。鍛冶屋もファラベウフとか呼んでいた。我の記憶が正しければだがな」

 ファキイルは平然と答えた。

「『ファラベウフ』! あの、伝説の宝刀七つのうちの一つ。……確か、作者は不明とされるが」

 オディロンはびっくりしていた。

「そうだなあ……」

 フランツとしては、名前など徳に何の拘りもなかったので困惑していた。

「『薔薇王』」

 オディロンが静かに言った。

「『薔薇王』? 随分とかわいい名前なんですね」 

 オドラデクが口を挟んだ。

「使ってみればわかる。この刃は薔薇色の光を放つのだ」

 オディロンは言った。

――作者が言うのだから間違いはなかろう。

 フランツは鞘から剣を抜いた。

 ちょうど登り立つ朝日に照らされて、刃は紅く光った。やがてその色はオディロンが言った通り、瞬時に薔薇色へ変わった。

 フランツはその神々しさに身震いがするほどだった。

「凄いな」

  室内ではよく斬れて有用だというところまでで、刀身の美しさに注意が及ばなかったが、今改めてみるとその輝きに魅了される。

「この光の美しさに目を奪われている間に相手は死ぬという訳だ」

 オディロンは笑った。初めて浮かべる、屈託のない爽やかな笑顔だった。

「本当にただで良いのか?」

 フランツは自分から進んで受け取って置きながら、改めて躊躇い始めた。

「男に二言はない。黙って受け取れ」

 オディロンは断言した。

「貰っちゃいましょうよお」

 オドラデクも言ってくれるので、フランツは剣を再び鞘に収めた。

――これで武器も手に入れた。

 安心すると目眩がしてきた。

 フランツは前のめりに大きく蹌踉《よろ》けて踏み留まった。

「ああっ、フランツさん! 大丈夫ですかあ」

「水を、頼む」           

  フランツは草叢を枕代わりに横たわり荒く息をしながら言った。

「はいはい」

 にこやかに頷いて井戸まで歩いていくオドラデク。

 フランツは苦しいのに、なぜか心が温かくなるものを覚えた。

 そのさまをファキイルは優しく、まるで親のように見おろしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

悪役令嬢の騎士

コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。 異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。 少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。 そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。 少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨
ファンタジー
普通の高校生として生きていく。その為の手段は問わない。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

処理中です...