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第一部
第二十七話 剣を鍛える話(7)
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ドアを開けるとそこには見知らぬ男が立っていた。
「あの、さきほどご購入頂いたパンの代金のことでお話があるのですが……あ、初めまして。私は村のパン屋です」
パン屋は丁寧にお辞儀をする。
「はぁ?」
フランツは後ろをオドラデクを睨んだ。
当人はぺろりと舌を出してそっぽを向いていた。
「ぼく、お金持ってないですもーん」
確かにそれは事実だった。フランツは仕方なく金貨を渡した。
「お釣りは要らないんで」
お金を余分に貰ったパン屋はほくほく顔で返った。
「自分で作ったんじゃなかったのか?」
フランツはオドラデクを睨んだ。
「そう言った方がカッコイイじゃないですかぁ」
オドラデクはどこ吹く風だ。
「なぜ、すぐばれる嘘を吐く」
「しばらく帰ってこないと思ってたんですよ」
――まあパンを残して置いてくれただけましか。
フランツはパンの残りを食べに戻った。
オドラデクはこれも買っただろう牛乳の入った椀を静かに差し出した。
お腹が膨れるとすぐさまフランツは地下室へ戻った。
オディロンはまだ鋼を打ち続けていた。
端《はた》から見れば、それはだんだん剣のかたちへと化しつつあった。
「出来そうか」
後ろから声を掛けたが、あいかわらず返事は返ってこない。
「なにか変化はあったか」
四つ足を毛並みの中に埋め、目を閉じているファキイルに聞いた。
「特になかった」
「あいつは完成させられるのか」
フランツは疑問だった。
「我の毛を使ったのだ。きっと出来る」
ファキイルの語調には相当の自信が感じ取れた。
「どんなに材料が良くても、本人の腕がいまいちなら完成はしない」
フランツは言った。
「そういうものか」
ファキイルは訊いた。
「お前の方が多くの物事を見てきただろう。失敗した人間だって多くいたはずだ」
「失敗を見ても我はおおかた忘れる。成した者だけを覚えている」
「……そういうあり方もあって良いのかもな」
フランツは心の中で感心していた。
フランツは常に他人の暗いところしか見ない。
さきほどオドラデクに一杯食わされはしたが、常に騙されないかと気を配っているし、ファキイルの姿を視認できなかったものの、不意打ちを食らわないように出来るだけ注意しているつもりだ。
別に猟人《ハンター》として教え込まれたからではなく、自然と身に染みついた生き方だった。
――ルナ・ペルッツはどうだろう。よくわからない。
人の明るいところを見ているのか、暗いところを見ているのか、あるいは何も見ていないのか。あれだけ長く過ごしてもさっぱり見えてこないのだ。
――ファキイルは他の存在の明るい部分を見ている。
これはフランツは持ち合わせない才能だった。
何千年と気が遠くなるほど長い時間を生きてなお、人間になった時の身の丈相応の幼女のような視線で世界を見ているのだ。
「ではお前の見立てだと」
「完成する」
ファキイルは静かに答えた。
寝食を忘れて、オディロンは剣を鍛え続けた。
水も飲まないため、フランツは心配になってきて、外の井戸で汲んできた水を横へ置いた。
しかし、オディロンは一向に手を付けない。
水は部屋の熱ですっかり蒸発してしまったほどだ。
フランツもすっかり汗だくになり、何度か外に出たり入ったりしなければならなくなっていた。
足元がふらつき、我慢の限界に近付いてきている。
ファキイルは微動だにしない。
「昔、火山に身を投じたことがあってな」
と呟くのみだ。
「出来た!」
熱気を帯びた部屋中にオディロンの大声が轟き渡ったのは、打ち始めてから丸二日経ってからのことだった。
「あの、さきほどご購入頂いたパンの代金のことでお話があるのですが……あ、初めまして。私は村のパン屋です」
パン屋は丁寧にお辞儀をする。
「はぁ?」
フランツは後ろをオドラデクを睨んだ。
当人はぺろりと舌を出してそっぽを向いていた。
「ぼく、お金持ってないですもーん」
確かにそれは事実だった。フランツは仕方なく金貨を渡した。
「お釣りは要らないんで」
お金を余分に貰ったパン屋はほくほく顔で返った。
「自分で作ったんじゃなかったのか?」
フランツはオドラデクを睨んだ。
「そう言った方がカッコイイじゃないですかぁ」
オドラデクはどこ吹く風だ。
「なぜ、すぐばれる嘘を吐く」
「しばらく帰ってこないと思ってたんですよ」
――まあパンを残して置いてくれただけましか。
フランツはパンの残りを食べに戻った。
オドラデクはこれも買っただろう牛乳の入った椀を静かに差し出した。
お腹が膨れるとすぐさまフランツは地下室へ戻った。
オディロンはまだ鋼を打ち続けていた。
端《はた》から見れば、それはだんだん剣のかたちへと化しつつあった。
「出来そうか」
後ろから声を掛けたが、あいかわらず返事は返ってこない。
「なにか変化はあったか」
四つ足を毛並みの中に埋め、目を閉じているファキイルに聞いた。
「特になかった」
「あいつは完成させられるのか」
フランツは疑問だった。
「我の毛を使ったのだ。きっと出来る」
ファキイルの語調には相当の自信が感じ取れた。
「どんなに材料が良くても、本人の腕がいまいちなら完成はしない」
フランツは言った。
「そういうものか」
ファキイルは訊いた。
「お前の方が多くの物事を見てきただろう。失敗した人間だって多くいたはずだ」
「失敗を見ても我はおおかた忘れる。成した者だけを覚えている」
「……そういうあり方もあって良いのかもな」
フランツは心の中で感心していた。
フランツは常に他人の暗いところしか見ない。
さきほどオドラデクに一杯食わされはしたが、常に騙されないかと気を配っているし、ファキイルの姿を視認できなかったものの、不意打ちを食らわないように出来るだけ注意しているつもりだ。
別に猟人《ハンター》として教え込まれたからではなく、自然と身に染みついた生き方だった。
――ルナ・ペルッツはどうだろう。よくわからない。
人の明るいところを見ているのか、暗いところを見ているのか、あるいは何も見ていないのか。あれだけ長く過ごしてもさっぱり見えてこないのだ。
――ファキイルは他の存在の明るい部分を見ている。
これはフランツは持ち合わせない才能だった。
何千年と気が遠くなるほど長い時間を生きてなお、人間になった時の身の丈相応の幼女のような視線で世界を見ているのだ。
「ではお前の見立てだと」
「完成する」
ファキイルは静かに答えた。
寝食を忘れて、オディロンは剣を鍛え続けた。
水も飲まないため、フランツは心配になってきて、外の井戸で汲んできた水を横へ置いた。
しかし、オディロンは一向に手を付けない。
水は部屋の熱ですっかり蒸発してしまったほどだ。
フランツもすっかり汗だくになり、何度か外に出たり入ったりしなければならなくなっていた。
足元がふらつき、我慢の限界に近付いてきている。
ファキイルは微動だにしない。
「昔、火山に身を投じたことがあってな」
と呟くのみだ。
「出来た!」
熱気を帯びた部屋中にオディロンの大声が轟き渡ったのは、打ち始めてから丸二日経ってからのことだった。
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