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第一部
第二十七話 剣を鍛える話(6)
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「へえ。じゃあ、あんたの毛を剣に混ぜれば、俺の満足のいくものができるのか?」
オディロンは興味を引かれたようだった。
「それはわからない。だが、やってみる価値はある」
「確かにな」
オディロンはファキイルに近付いた。
「じゃあ毛を渡せ」
「お前が抜いていいぞ」
オディロンは躊躇も見せずに身を乗り出し、ファキイルから何本か毛を引き抜いた。
「もっと取ってもいい。昔いた鍛冶屋はごそりと取っていた」
「わかった」
オディロンは部屋の中を探し回り、ハサミを探してきて、ファキイルからまとまった毛を切った。
「大丈夫なのか」
フランツは恐る恐る、ファキイルに近付いてその耳元で囁いた。
「すぐに生える。さしたることではない。汝も欲しければやる」
「いや、いらないが」
フランツはオディロンの行動を見守ることにした。
「その鍛冶屋はどうしたんだ」
「溶かした鋼の中に我の毛を入れた」
オディロンは再び新しい鋼を持ってきて溶かし始めた。
地下室とはいっても、外に通じる送風口が設けられているので、そこから冷気は入ってくる。
部屋の中がますます熱を帯びてくるので、フランツはそちらの方に寄った。
いや、前も熱を感じていたのだろうが、起こる出来事の珍しさに、すっかり忘れていたのだ。
オディロンが一心に振り上げては下ろされるハンマーの音が部屋の中に広がる。
オディロンの表情はさきほどまでより一層真剣になっていた。
フランツとしても声を掛ける訳にはいかない。
口の中がからからに渇いていた。でも上の階に上がって水を飲み直そうとは思わなかった。
オドラデクは来なかった。好奇心旺盛かつ寂しがり屋なので、いずれは降りてくるだろうが、今は『海路道しるべ』でも読んで満足しているのだろうか。
オディロンは無言だった。何か喋ってしまえば、作る剣から魂が抜けてしまうとでも言うのだろうか。ハンマーを手から離す様子すらない。
鞴を使う以外は、ほとんど金床の前にいた。
「あいつが本当に剣を完成できると思うか?」
たまり兼ねてフランツはファキイルの方に向き直った。
「それはわからない。昔会った鍛冶屋は三昼夜寝ずに打ち続けた」
夜に起きたので、また眠くなるまでには大分時間が必要だ。
フランツは幾らでも見守り続けるつもりだった。もちろん、そんな義理も義務もない。だが、なぜだかよくわからないがフランツはそうしたかった。
一時間以上は経っただろうか。
ふと、オディロンはハンマーを打つ手を止めた。
「何かが、違う」
「やはり、うまくいかなかったか」
フランツは言った。
「いや、今まで作っていたものとは何かが異なるのだ」
顔中を汗だらけにしながら、オディロンは俯きながら答えた。
フランツにはよくわからなかった。
「どういうことだ」
「ファキイルとやらの毛には、人ならぬ力が籠もっている。俺には、それがわかる」
「そういうものか」
「この剣は、凄いものになる」
そう言って後は黙り、オディロンはまたハンマーを打ち続けた。
さらに何時間も経つと、流石にフランツも腹が空いてきたので、階段を上がることにした。
空が白んでいる。朝になったのだろう。
部屋中に香ばしい匂いが広がっていた。
「やあやあ、とうとう根負けしましたか」
オドラデクが食卓に坐っていた。綺麗にテーブルが拭かれて、その上にはどこで調達したのか、皿に置かれた焼きたてのパンがあった。
「いや、まだ見届ける。それより、パン、お前が作ったのか?」
「はい。時間はたっぷりありますんで。材料の方も早起きのおばさんに聞いて朝市で材料を買ってきたんです」
「やけに段取りが良いな」
「いや、ぼくはその気になれば何でもできるんですよ」
「じゃあ普段からそのようにしてもらいたいものだな」
と言いながらフランツはパンを囓った。
――美味い。
悔しいがオドラデクの料理の腕前は認めざるを得なかった。
と、そこにノックの音が。
オディロンは興味を引かれたようだった。
「それはわからない。だが、やってみる価値はある」
「確かにな」
オディロンはファキイルに近付いた。
「じゃあ毛を渡せ」
「お前が抜いていいぞ」
オディロンは躊躇も見せずに身を乗り出し、ファキイルから何本か毛を引き抜いた。
「もっと取ってもいい。昔いた鍛冶屋はごそりと取っていた」
「わかった」
オディロンは部屋の中を探し回り、ハサミを探してきて、ファキイルからまとまった毛を切った。
「大丈夫なのか」
フランツは恐る恐る、ファキイルに近付いてその耳元で囁いた。
「すぐに生える。さしたることではない。汝も欲しければやる」
「いや、いらないが」
フランツはオディロンの行動を見守ることにした。
「その鍛冶屋はどうしたんだ」
「溶かした鋼の中に我の毛を入れた」
オディロンは再び新しい鋼を持ってきて溶かし始めた。
地下室とはいっても、外に通じる送風口が設けられているので、そこから冷気は入ってくる。
部屋の中がますます熱を帯びてくるので、フランツはそちらの方に寄った。
いや、前も熱を感じていたのだろうが、起こる出来事の珍しさに、すっかり忘れていたのだ。
オディロンが一心に振り上げては下ろされるハンマーの音が部屋の中に広がる。
オディロンの表情はさきほどまでより一層真剣になっていた。
フランツとしても声を掛ける訳にはいかない。
口の中がからからに渇いていた。でも上の階に上がって水を飲み直そうとは思わなかった。
オドラデクは来なかった。好奇心旺盛かつ寂しがり屋なので、いずれは降りてくるだろうが、今は『海路道しるべ』でも読んで満足しているのだろうか。
オディロンは無言だった。何か喋ってしまえば、作る剣から魂が抜けてしまうとでも言うのだろうか。ハンマーを手から離す様子すらない。
鞴を使う以外は、ほとんど金床の前にいた。
「あいつが本当に剣を完成できると思うか?」
たまり兼ねてフランツはファキイルの方に向き直った。
「それはわからない。昔会った鍛冶屋は三昼夜寝ずに打ち続けた」
夜に起きたので、また眠くなるまでには大分時間が必要だ。
フランツは幾らでも見守り続けるつもりだった。もちろん、そんな義理も義務もない。だが、なぜだかよくわからないがフランツはそうしたかった。
一時間以上は経っただろうか。
ふと、オディロンはハンマーを打つ手を止めた。
「何かが、違う」
「やはり、うまくいかなかったか」
フランツは言った。
「いや、今まで作っていたものとは何かが異なるのだ」
顔中を汗だらけにしながら、オディロンは俯きながら答えた。
フランツにはよくわからなかった。
「どういうことだ」
「ファキイルとやらの毛には、人ならぬ力が籠もっている。俺には、それがわかる」
「そういうものか」
「この剣は、凄いものになる」
そう言って後は黙り、オディロンはまたハンマーを打ち続けた。
さらに何時間も経つと、流石にフランツも腹が空いてきたので、階段を上がることにした。
空が白んでいる。朝になったのだろう。
部屋中に香ばしい匂いが広がっていた。
「やあやあ、とうとう根負けしましたか」
オドラデクが食卓に坐っていた。綺麗にテーブルが拭かれて、その上にはどこで調達したのか、皿に置かれた焼きたてのパンがあった。
「いや、まだ見届ける。それより、パン、お前が作ったのか?」
「はい。時間はたっぷりありますんで。材料の方も早起きのおばさんに聞いて朝市で材料を買ってきたんです」
「やけに段取りが良いな」
「いや、ぼくはその気になれば何でもできるんですよ」
「じゃあ普段からそのようにしてもらいたいものだな」
と言いながらフランツはパンを囓った。
――美味い。
悔しいがオドラデクの料理の腕前は認めざるを得なかった。
と、そこにノックの音が。
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