281 / 526
第一部
第二十七話 剣を鍛える話(4)
しおりを挟む
オディロンは言葉もなく驚嘆しながら、ファキイルを見詰めた。
「昔、そういう職人と知り合ったことがあってな。三十年掛けて諸国を彷徨い、一本の剣を作り続けていた」
「昔って、あんたは……?」
流石のオディロンも、ファキイルの幼さを見て怪訝に思ったようだ。
「いっ、いや、俺たちは色んなところを旅して回ってるんでな」
フランツは焦って取り繕った。
――何で俺が。
「そうか。だが、三十年も作り続ける奴がいたとは。俺もまだまだだ」
オディロンは素直に己を省みているようだった。
「三十年掛けても完成はしなかったようだぞ。もうかなりま……」
オドラデクが笑顔でその口を押さえていた。ファキイルは抵抗もしない。
「寝る場所はないか? ……疲れてしまってな」
フランツは安心しながらも、肝心なところは訊かなければと思って言った。
「昔の部屋がある」
オディロンは手短に言って案内した。
歩く度に床が軋んだ音を立てる。
「あらあら、ちゃんと掃除しているんでしょうかねえ?」
「俺が使うところだけはな」
「と、言うことは……?」
オドラデクは嫌そうな顔をした。
予想は当たった。埃と蜘蛛の巣だらけだ。
部屋の隅で埃を被っていた箒を慎重に取り出して、フランツの掃除が始まった。
手伝わないことには定評があるオドラデクも流石に口を蔽いながら手伝った。
ファキイルはベッドの端に腰掛けてそのままぴくりともしなかった。
「凄いなあ。何年放置してるんです?」
と訊いてもオディロンの姿はいつの間にか消えていた。
窓を開けて外のひんやりとした空気を取り込む。
溜まった埃が影もかたちもなくなるまで二時間近くかかった。
昼時になっていた。
「ふう、すっきりしたあ!」
元の真っ白さを取り戻したベッドに頬をすりすりさせてオドラデクは言った。
「寝るぞ。男に戻れ」
フランツは言った。
「えええっ。このままで良いじゃないですかぁ?」
間延びした声でオドラデクは言った。
「ふぁー」
フランツはもう半ば訊いていなかった。疲れている上に掃除をして一層疲れたからだ。
布団もよく匂いを嗅いでみるとまだほこり臭かったが天日干ししている暇もないので頭から被った。
ファキイルやオドラデクが傍にいるのにも拘わらず、たちまちにして記憶は途絶える。
目覚めるともうすっかり夜になっていた。
――ルナ・ペルッツもこんな昼夜逆転生活だったな。旅をしているときの方がまだ習慣が安定するとか抜かしていた。
時計を見て真っ先に考えたことがそれだった。
オドラデクは横で寝入っているふりをしていた。
女の姿のまま、シャツを肌けている。
「起きてるくせに。お前は寝ない」
ぱちりと片眼だけが開かれる。
「ふふん。さすがに騙されないか」
「ファキイルの姿が見当たらないが」
それは無視して部屋の中を見回していった。
犬狼神は跡形もなく消えている。
「あー、さっき地下室の方で軽快な音が響いてきたんですよ。きっとオディロンさん、剣を鍛え始めたんじゃないかっていったら、止める暇もなく降りていって」
オドラデクは何食わぬ顔で言った。
「止めろ」
「やーですよ。あんな陰気な人と長くはなしてたくないですもん。あー、フランツさんもそうでしたか」
フランツは立ち上がった。ドアを開けてみれば確かにコンコンと何かを叩き付けるような音が下から響いてくるではないか。
軋む床板を伝わって。
「昔、そういう職人と知り合ったことがあってな。三十年掛けて諸国を彷徨い、一本の剣を作り続けていた」
「昔って、あんたは……?」
流石のオディロンも、ファキイルの幼さを見て怪訝に思ったようだ。
「いっ、いや、俺たちは色んなところを旅して回ってるんでな」
フランツは焦って取り繕った。
――何で俺が。
「そうか。だが、三十年も作り続ける奴がいたとは。俺もまだまだだ」
オディロンは素直に己を省みているようだった。
「三十年掛けても完成はしなかったようだぞ。もうかなりま……」
オドラデクが笑顔でその口を押さえていた。ファキイルは抵抗もしない。
「寝る場所はないか? ……疲れてしまってな」
フランツは安心しながらも、肝心なところは訊かなければと思って言った。
「昔の部屋がある」
オディロンは手短に言って案内した。
歩く度に床が軋んだ音を立てる。
「あらあら、ちゃんと掃除しているんでしょうかねえ?」
「俺が使うところだけはな」
「と、言うことは……?」
オドラデクは嫌そうな顔をした。
予想は当たった。埃と蜘蛛の巣だらけだ。
部屋の隅で埃を被っていた箒を慎重に取り出して、フランツの掃除が始まった。
手伝わないことには定評があるオドラデクも流石に口を蔽いながら手伝った。
ファキイルはベッドの端に腰掛けてそのままぴくりともしなかった。
「凄いなあ。何年放置してるんです?」
と訊いてもオディロンの姿はいつの間にか消えていた。
窓を開けて外のひんやりとした空気を取り込む。
溜まった埃が影もかたちもなくなるまで二時間近くかかった。
昼時になっていた。
「ふう、すっきりしたあ!」
元の真っ白さを取り戻したベッドに頬をすりすりさせてオドラデクは言った。
「寝るぞ。男に戻れ」
フランツは言った。
「えええっ。このままで良いじゃないですかぁ?」
間延びした声でオドラデクは言った。
「ふぁー」
フランツはもう半ば訊いていなかった。疲れている上に掃除をして一層疲れたからだ。
布団もよく匂いを嗅いでみるとまだほこり臭かったが天日干ししている暇もないので頭から被った。
ファキイルやオドラデクが傍にいるのにも拘わらず、たちまちにして記憶は途絶える。
目覚めるともうすっかり夜になっていた。
――ルナ・ペルッツもこんな昼夜逆転生活だったな。旅をしているときの方がまだ習慣が安定するとか抜かしていた。
時計を見て真っ先に考えたことがそれだった。
オドラデクは横で寝入っているふりをしていた。
女の姿のまま、シャツを肌けている。
「起きてるくせに。お前は寝ない」
ぱちりと片眼だけが開かれる。
「ふふん。さすがに騙されないか」
「ファキイルの姿が見当たらないが」
それは無視して部屋の中を見回していった。
犬狼神は跡形もなく消えている。
「あー、さっき地下室の方で軽快な音が響いてきたんですよ。きっとオディロンさん、剣を鍛え始めたんじゃないかっていったら、止める暇もなく降りていって」
オドラデクは何食わぬ顔で言った。
「止めろ」
「やーですよ。あんな陰気な人と長くはなしてたくないですもん。あー、フランツさんもそうでしたか」
フランツは立ち上がった。ドアを開けてみれば確かにコンコンと何かを叩き付けるような音が下から響いてくるではないか。
軋む床板を伝わって。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる