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第一部
第二十七話 剣を鍛える話(1)
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少女の姿に変じた犬狼神ファキイルは西蛇海を南にくだり、そこからトルタニア大陸の東岸沿いに飛行して、黒羊海の濁った水面に影を落とした。
スワスティカ猟人《ハンター》フランツ・シュルツはファキイルの長い服の裾を掴んだままでいた。
離せばそのまま海に落ちる。助かったとして、激しい打ち身になるだろう。
目的を持つフランツはそれだけは避けたかった。
「ずいぶん暖かくなってきましたね」
フランツの隣でオドラデクは気持ち良さそうに言った。
西舵海が凍るという怪奇現象が起こり、フランツとオドラデクは乗っていた蒸気船から氷の上を伝って座礁したガレオンを見付けた。
そこでいろいろあってファキイルと知り合いになり、なしくずし的に飛行についていく次第となったのだった。
そろそろ、トゥールーズに近付いて来た頃だろうか。
正直フランツはまだファキイルを信じていなかったし、こんな服一枚を掴んでの飛行など危なくて本当はやりたくなかった。
だが、案外楽しんでいるらしいオドラデクと、一向に我関せずなファキイルを見て、まあこんな旅も良いかとは思い始めてきた頃合いだった。
「そろそろ大地を歩きたくなってきましたね」
そんなフランツの思いとは裏腹にオドラデクの方が退屈してきたようだった。
「ならば降りてもいいぞ」
ファキイルは手短に答えた。
「そうしましょう。お腹も空いてきましたしね」
オドラデクは人ならざる者だ。
睡眠もしなければ、食事を本当に摂るとは思えない。フランツもこれまでも見た覚えはなかったが、よだれを垂らして迫真の演技していた。
そのさまに思わず吹き出してしまう。
「あーフランツさん、いま笑いましたねー!」
「いや、別に」
「こちょこちょ、こちょこちょこちょこちょ!」
オドラデクはもう片方の手で腋をくすぐってくる。
「や、やめろ! くっ、くくくくく」
くすぐったくて笑いが止まらない。
「わーい、笑うさまも堅物ですねえ! もっとくすぐっちゃえ! それこちょこちょ、こちょこちょ」
オドラデクはあきらかに調子に乗っていた。
それとファキイルが急降下したのが同時だった。
「うわぁ!」
フランツとオドラデクは同時に叫んで、掴んでいた服の裾を離してしまった。
――こりゃ、死ぬな。
物凄い速度でファキイルから引き離されていく。
フランツは落下しながらやり残してきたことをつらつら考えていた。
と、オドラデクはいきなり姿を変えて落下傘のようなかたちになり、そこから糸を垂らしてフランツの手をしっかり捉えた。
「おまえ、こんなこともできるのか」
「ぼくだって、伊達にいきてる訳じゃないですからね」
オドラデクは自慢げに言った。
「ともかく着地しよう」
二人は海岸に近付いていく。
真っ白に広がる砂利に黒々とした波が寄せては引いていく。
黒羊海には伝説がある。ファキイルと並ぶほど遠い昔、海の上に巨大な羊の首が突然現れ、その切断面が絶え間なく黒い血を流し続けたという。海は黒く染まったのだと言われる。
――単なる伝説だが。
実際は海水に濃い鉄分が含まれていてそんな色になるのだとフランツは本で読んだことがあった。
ふんわりとオドラデクは砂の上に降りたった。
「あー懐かしい陸!」
オドラデクは一歩一歩踏みしめるように砂の上を歩き出した。
「ちょっと前まで歩いていただろ」
フランツはつっこんだ。
「一分前は過去ですよーだ」
オドラデクはスキップした。
スワスティカ猟人《ハンター》フランツ・シュルツはファキイルの長い服の裾を掴んだままでいた。
離せばそのまま海に落ちる。助かったとして、激しい打ち身になるだろう。
目的を持つフランツはそれだけは避けたかった。
「ずいぶん暖かくなってきましたね」
フランツの隣でオドラデクは気持ち良さそうに言った。
西舵海が凍るという怪奇現象が起こり、フランツとオドラデクは乗っていた蒸気船から氷の上を伝って座礁したガレオンを見付けた。
そこでいろいろあってファキイルと知り合いになり、なしくずし的に飛行についていく次第となったのだった。
そろそろ、トゥールーズに近付いて来た頃だろうか。
正直フランツはまだファキイルを信じていなかったし、こんな服一枚を掴んでの飛行など危なくて本当はやりたくなかった。
だが、案外楽しんでいるらしいオドラデクと、一向に我関せずなファキイルを見て、まあこんな旅も良いかとは思い始めてきた頃合いだった。
「そろそろ大地を歩きたくなってきましたね」
そんなフランツの思いとは裏腹にオドラデクの方が退屈してきたようだった。
「ならば降りてもいいぞ」
ファキイルは手短に答えた。
「そうしましょう。お腹も空いてきましたしね」
オドラデクは人ならざる者だ。
睡眠もしなければ、食事を本当に摂るとは思えない。フランツもこれまでも見た覚えはなかったが、よだれを垂らして迫真の演技していた。
そのさまに思わず吹き出してしまう。
「あーフランツさん、いま笑いましたねー!」
「いや、別に」
「こちょこちょ、こちょこちょこちょこちょ!」
オドラデクはもう片方の手で腋をくすぐってくる。
「や、やめろ! くっ、くくくくく」
くすぐったくて笑いが止まらない。
「わーい、笑うさまも堅物ですねえ! もっとくすぐっちゃえ! それこちょこちょ、こちょこちょ」
オドラデクはあきらかに調子に乗っていた。
それとファキイルが急降下したのが同時だった。
「うわぁ!」
フランツとオドラデクは同時に叫んで、掴んでいた服の裾を離してしまった。
――こりゃ、死ぬな。
物凄い速度でファキイルから引き離されていく。
フランツは落下しながらやり残してきたことをつらつら考えていた。
と、オドラデクはいきなり姿を変えて落下傘のようなかたちになり、そこから糸を垂らしてフランツの手をしっかり捉えた。
「おまえ、こんなこともできるのか」
「ぼくだって、伊達にいきてる訳じゃないですからね」
オドラデクは自慢げに言った。
「ともかく着地しよう」
二人は海岸に近付いていく。
真っ白に広がる砂利に黒々とした波が寄せては引いていく。
黒羊海には伝説がある。ファキイルと並ぶほど遠い昔、海の上に巨大な羊の首が突然現れ、その切断面が絶え間なく黒い血を流し続けたという。海は黒く染まったのだと言われる。
――単なる伝説だが。
実際は海水に濃い鉄分が含まれていてそんな色になるのだとフランツは本で読んだことがあった。
ふんわりとオドラデクは砂の上に降りたった。
「あー懐かしい陸!」
オドラデクは一歩一歩踏みしめるように砂の上を歩き出した。
「ちょっと前まで歩いていただろ」
フランツはつっこんだ。
「一分前は過去ですよーだ」
オドラデクはスキップした。
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