273 / 526
第一部
第二十六話 挾み撃ち(6)
しおりを挟む
こちらからも血の臭いはすぐに漂ってきた。
敏感なズデンカだからこそ遠くからでもわかるのだが。
駆け回っていた兵士たちの数もだんだん少なくなっていく。
「ルナァ! 大丈夫か?」
さっきいた天蓋付きの馬車を通り過ぎた時、アデーレが窓から身を乗り出して話しかけてきた。
ルナは挨拶しようとした。
「鬱陶しいから無視していくぞ」
ズデンカは叫んだ。
「おいメイド、誰に向かってものを言っている?」
アデーレは怒りに声を震わせた。
「隊列の後方が大変なんだよ。お前も降りて指揮を執れ!」
「予は軍医なのでな」
アデーレは冷静に言った。
「軍医だろうがなんだろうが、お前の部下が戦ってるんだ。少しは上官らしいとこを見せろよ」
――やれやれ。なんであたしがこんなことを言わなくちゃならないんだ?
「予の命は一つしかない。大事なところで使いたいのだ」
「臆病なやつめ」
ズデンカは吐き捨てて歩き出した。
「あれでやる時はちゃんとやるんだよ、アデーレは」
黙っていたルナがしゃべり出すのも鬱陶しく感じる。
さらに後ろを眺めると、カミーユが怖ず怖ず尾いてくるのが見えた。
ルナの言うとおり、ルツィドールが本当に退散したのかよくわからなくて不安要素ではあったが、ズデンカは後退を続けた。
剣を構えた兵士たちと、地面に引き倒されている軍馬が多く見えた。
「馬も倒すのか」
ズデンカは呟いた。よほど力の強い敵だろう。
前ハウザーは『詐欺師の楽園』の面々以外は戦力を持たないと語っていた。
大軍を擁することができるはずはないのだ。
――とすると、こっちも一人だろう。
「ルナ、カミーユ、ここにいろ。先は危険すぎる」
二人を残してズデンカは歩き続けた。
内心では、先ほど恐怖を感じた自分自身が嫌でたまらなくなっていたからだ。ルナに対する苛立ちと相反する気持ちだけに厄介だった。
あたりはいっそう血生臭くなっていく。
血煙の中に、大柄な影が現れた。ズデンカよりも頭一つ分は高い。
兵士たちは剣を構えながらもその両足を震えさせている。
周りを見回せば理由はわかる。四肢を分断された無数の胴体から、絶え間なく噴水のように血がほとばしり出続けているのだから。
ズデンカは正直食欲がそそられた。だが、それよりも怒りの方が上回っていた。
「お前が残る『詐欺師の楽園』の一人だな」
ズデンカは屍の中に立つ異様な風体の男に話し掛けた。
このような場所には不都合なほどめかしこんだ燕尾服と、シルクハットをかぶり、手には一本の傘を持っている。顔色は葡萄のように青ざめていた。
これがどうやら武器らしい。
「これは話が早い。初めまして、よろしくお願いします。我輩は『詐欺師の楽園』席次一、ヘクトル・パニッツァと申します」
男は深々と礼をした。
ズデンカはそこに爪を振り下ろそうとした。
ズデンカも見切れないほど激しい速さで、パニッツァは移動していた。
――くそっ。こいつも早いのか。
ルツィドールに劣らない動きだ。しかも、
「おやおや、せっかくの自己紹介の途中ですのに」
パニッツァはなおも笑みを絶やさなかった。
「自己紹介なんていらねえよ。お前はここで殺す!」
ズデンカは犬歯を鋭く伸ばして、相手の喉元目掛けて飛びかかった。
しかし、パニッツァは傘を開いた。
「お話は最後まで聞きましょう」
とたんにズデンカの眼が眩んだ。
激しい閃光が周囲に広がったのだ。
紫色の光だ。
敏感なズデンカだからこそ遠くからでもわかるのだが。
駆け回っていた兵士たちの数もだんだん少なくなっていく。
「ルナァ! 大丈夫か?」
さっきいた天蓋付きの馬車を通り過ぎた時、アデーレが窓から身を乗り出して話しかけてきた。
ルナは挨拶しようとした。
「鬱陶しいから無視していくぞ」
ズデンカは叫んだ。
「おいメイド、誰に向かってものを言っている?」
アデーレは怒りに声を震わせた。
「隊列の後方が大変なんだよ。お前も降りて指揮を執れ!」
「予は軍医なのでな」
アデーレは冷静に言った。
「軍医だろうがなんだろうが、お前の部下が戦ってるんだ。少しは上官らしいとこを見せろよ」
――やれやれ。なんであたしがこんなことを言わなくちゃならないんだ?
「予の命は一つしかない。大事なところで使いたいのだ」
「臆病なやつめ」
ズデンカは吐き捨てて歩き出した。
「あれでやる時はちゃんとやるんだよ、アデーレは」
黙っていたルナがしゃべり出すのも鬱陶しく感じる。
さらに後ろを眺めると、カミーユが怖ず怖ず尾いてくるのが見えた。
ルナの言うとおり、ルツィドールが本当に退散したのかよくわからなくて不安要素ではあったが、ズデンカは後退を続けた。
剣を構えた兵士たちと、地面に引き倒されている軍馬が多く見えた。
「馬も倒すのか」
ズデンカは呟いた。よほど力の強い敵だろう。
前ハウザーは『詐欺師の楽園』の面々以外は戦力を持たないと語っていた。
大軍を擁することができるはずはないのだ。
――とすると、こっちも一人だろう。
「ルナ、カミーユ、ここにいろ。先は危険すぎる」
二人を残してズデンカは歩き続けた。
内心では、先ほど恐怖を感じた自分自身が嫌でたまらなくなっていたからだ。ルナに対する苛立ちと相反する気持ちだけに厄介だった。
あたりはいっそう血生臭くなっていく。
血煙の中に、大柄な影が現れた。ズデンカよりも頭一つ分は高い。
兵士たちは剣を構えながらもその両足を震えさせている。
周りを見回せば理由はわかる。四肢を分断された無数の胴体から、絶え間なく噴水のように血がほとばしり出続けているのだから。
ズデンカは正直食欲がそそられた。だが、それよりも怒りの方が上回っていた。
「お前が残る『詐欺師の楽園』の一人だな」
ズデンカは屍の中に立つ異様な風体の男に話し掛けた。
このような場所には不都合なほどめかしこんだ燕尾服と、シルクハットをかぶり、手には一本の傘を持っている。顔色は葡萄のように青ざめていた。
これがどうやら武器らしい。
「これは話が早い。初めまして、よろしくお願いします。我輩は『詐欺師の楽園』席次一、ヘクトル・パニッツァと申します」
男は深々と礼をした。
ズデンカはそこに爪を振り下ろそうとした。
ズデンカも見切れないほど激しい速さで、パニッツァは移動していた。
――くそっ。こいつも早いのか。
ルツィドールに劣らない動きだ。しかも、
「おやおや、せっかくの自己紹介の途中ですのに」
パニッツァはなおも笑みを絶やさなかった。
「自己紹介なんていらねえよ。お前はここで殺す!」
ズデンカは犬歯を鋭く伸ばして、相手の喉元目掛けて飛びかかった。
しかし、パニッツァは傘を開いた。
「お話は最後まで聞きましょう」
とたんにズデンカの眼が眩んだ。
激しい閃光が周囲に広がったのだ。
紫色の光だ。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました
おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。
※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。
※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・)
更新はめっちゃ不定期です。
※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。
ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~
楠富 つかさ
ファンタジー
地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。
そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。
できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!!
第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!
母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
【お天気】スキルを馬鹿にされ追放された公爵令嬢。砂漠に雨を降らし美少女メイドと甘いスローライフ~干ばつだから助けてくれって言われてももう遅い
月城 友麻
ファンタジー
公爵令嬢に転生したオディールが得たのは【お天気】スキル。それは天候を操れるチートスキルだったが、王族にはふさわしくないと馬鹿にされ、王子から婚約破棄されて追放される。
元々サラリーマンだったオディールは、窮屈な貴族社会にウンザリしていたので、これ幸いと美少女メイドと共に旅に出た。
倒したドラゴンを従えて、広大な砂漠を越えていくオディールだったが、ここに自分たちの街を作ろうとひらめく。
砂漠に【お天気】スキルで雨を降らし、メイドの土魔法で建物を建て、畑を耕し、砂漠は素敵な村へと変わっていく。
うわさを聞き付けた移民者が次々とやってきて、村はやがて花咲き乱れる砂漠の街へと育っていった。
その頃追放した王国では日照りが続き、オディールに頼るべきだとの声が上がる。だが、追放した小娘になど頼れない王子は悪どい手段でオディールに魔の手を伸ばしていく……。
女神に愛された転生令嬢とメイドのスローライフ? お楽しみください。
ハニーローズ ~ 『予知夢』から始まった未来変革 ~
悠月 星花
ファンタジー
「背筋を伸ばして凛とありたい」
トワイス国にアンナリーゼというお転婆な侯爵令嬢がいる。
アンナリーゼは、小さい頃に自分に関わる『予知夢』を見れるようになり、将来起こるであろう出来事を知っていくことになる。
幼馴染との結婚や家族や友人に囲まれ幸せな生活の予知夢見ていた。
いつの頃か、トワイス国の友好国であるローズディア公国とエルドア国を含めた三国が、インゼロ帝国から攻められ戦争になり、なすすべもなく家族や友人、そして大切な人を亡くすという夢を繰り返しみるようになる。
家族や友人、大切な人を守れる未来が欲しい。
アンナリーゼの必死の想いが、次代の女王『ハニーローズ』誕生という選択肢を増やす。
1つ1つの選択を積み重ね、みんなが幸せになれるようアンナリーゼは『予知夢』で見た未来を変革していく。
トワイス国の貴族として、強くたくましく、そして美しく成長していくアンナリーゼ。
その遊び場は、社交界へ学園へ隣国へと活躍の場所は変わっていく……
家族に支えられ、友人に慕われ、仲間を集め、愛する者たちが幸せな未来を生きられるよう、死の間際まで凛とした薔薇のように懸命に生きていく。
予知の先の未来に幸せを『ハニーローズ』に託し繋げることができるのか……
『予知夢』に翻弄されながら、懸命に生きていく母娘の物語。
※この作品は、「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルアップ+」「ノベリズム」にも掲載しています。
表紙は、菜見あぉ様にココナラにて依頼させていただきました。アンナリーゼとアンジェラです。
タイトルロゴは、草食動物様の企画にてお願いさせていただいたものです!
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
放課後のタルトタタン~穢れた処女と虚ろの神様~
戸松秋茄子
ライト文芸
「なあ知ってるか、心臓の取り出し方」
三学期最初の朝だった。転校生の市川知佳は、通学路で拾ったりんごに導かれるようにして、学校の屋上に足を踏み入れる。
そこで待っていたのは、冷たい雨と寂しげな童謡、そして戦時中に変死体で発見された女学生の怨霊にして祟り神「りんご様」で――
そしてはじまる、少し奇妙な学園生活。徐々に暴かれる、知佳の暗い過去。「りんご様」の真実――
日常と非日常が交錯する、境界線上のガールミーツガール開幕。
毎日12,21時更新。カクヨムで公開しているものの改稿版です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる