269 / 526
第一部
第二十六話 挾み撃ち(2)
しおりを挟む
「なんだよ」
ズデンカは自分の声が刺々しくなっていることに気付いた。
「ほんとに……私なんかが……ご一緒させて貰ってよかったのでしょうか?」
その声に怯えながらカミーユは答えた。
――なんなんだ、この自信のなさは。こんなんでよく旅に出したな……いや、サーカスでナイフを投げるのだって度胸がいるぞ?
ズデンカは頭を抱えたかった。
「バルトルシャイティスさんとの約束ですからね」
ルナが言った。宿屋にいたときは体調が万全ではないから吸ってはいけないと言われていたパイプがとうとう解禁されたので取り出して愛撫している。
「はあ……」
カミーユは口ごもる。
「わたしと、行きたくなかったのですかね?」
ルナが小首を傾げた。
「いっ、いえ、そんなじゃありません! 私、デュレンマットでも足手まとい担っちゃったし、ナイフ投げもそこまで得意じゃないのに」
「ご謙遜を」
煙を吹き出しながらルナは語った。
「役立たずとわかってるなら、何でついてきた?」
ズデンカは頭にきた。
――あたしにしちゃあ下手に出てやったんだがな。
「申し訳ありません! 申し訳ありません!」
カミーユは何度も頻りに頭を下げた。
「まあまあ、君、いじめちゃいけない」
ルナは掌を上げ下げしながら押し留めた。
四人もいるのに「君」呼びなのは、ズデンカもそれなりに堪えた。
「そうだぞ! メイド、弱い者を苦しめるな」
アデーレもルナの言うがままになっている。
「別にいじめてなんかねーよ!」
ズデンカは腕を組んでふんぞり返った。
顔を上げたカミーユの目元は真っ赤に染まっていた。
「カミーユさんも、自信を持ってください。旅は楽しいですよ!」
ルナは励ました。
「……」
カミーユはまだ元気なさそうだった。
「うーん。カミーユさんにご機嫌を直して貰うにはどうしたらいいんだろう? でも、わたしは綺譚《おはなし》を聞くことしか出来ないからなあ」
「じゃあ、それをしたらどうだ」
ズデンカは言った。
「うん。それしかないよね」
「私にはなにもお話することなんか」
「ボレル家については語れるだろう。予もいささかなりとは知っている」
アデーレが冷ややかな目で言った。
「さっきもお伝えしましたが分家の分家で」
「なら、その分家に関する綺譚《おはなし》をすればいい。どんな家にも語るべきことはあるはずです」
「わ、私は母が父と駆け落ちして生まれた子なんです。だから、五歳まで普通の子と同じように育ったんですが、お金の問題もあって……戦争の時期にあたりましたし。お祖母さまは金銭の援助をする代わりに血を引く、私を引き取り養育することになったんです。それからは両親と引き離されて育って、いろいろな技を仕込まれました……」
一度話し出せば、案外流暢にカミーユは己の来歴を語った。
「なるほどね」
そう言うルナは、お馴染みの手帳も鴉の羽ペンも持ち出していなかった。
「お気には……召さなかったのでしょうか?」
「あなたの綺譚《おはなし》は、これから追々と聞いていくことに致しましょう」
ルナはウインクした。
ズデンカは珍しく上の空になり、軍隊の列の後部で馬に引かれている幌馬車と馬車馬のことが気になっていた。
宿屋の前で、アデーレに言われるがままに豪華な馬車へ乗せられてしまったので、あれからどうなっているのか確認していなかった。
――やっぱりあれはあたしの管理下にないと落ち着かない。
ズデンカは不安だった。
「なっ、何だあれは?」
「敵襲! 敵襲!」
突然、前方から人の騒ぐ声が聞こえてきた。
四人は一斉に席を立って身構えた。
ズデンカは自分の声が刺々しくなっていることに気付いた。
「ほんとに……私なんかが……ご一緒させて貰ってよかったのでしょうか?」
その声に怯えながらカミーユは答えた。
――なんなんだ、この自信のなさは。こんなんでよく旅に出したな……いや、サーカスでナイフを投げるのだって度胸がいるぞ?
ズデンカは頭を抱えたかった。
「バルトルシャイティスさんとの約束ですからね」
ルナが言った。宿屋にいたときは体調が万全ではないから吸ってはいけないと言われていたパイプがとうとう解禁されたので取り出して愛撫している。
「はあ……」
カミーユは口ごもる。
「わたしと、行きたくなかったのですかね?」
ルナが小首を傾げた。
「いっ、いえ、そんなじゃありません! 私、デュレンマットでも足手まとい担っちゃったし、ナイフ投げもそこまで得意じゃないのに」
「ご謙遜を」
煙を吹き出しながらルナは語った。
「役立たずとわかってるなら、何でついてきた?」
ズデンカは頭にきた。
――あたしにしちゃあ下手に出てやったんだがな。
「申し訳ありません! 申し訳ありません!」
カミーユは何度も頻りに頭を下げた。
「まあまあ、君、いじめちゃいけない」
ルナは掌を上げ下げしながら押し留めた。
四人もいるのに「君」呼びなのは、ズデンカもそれなりに堪えた。
「そうだぞ! メイド、弱い者を苦しめるな」
アデーレもルナの言うがままになっている。
「別にいじめてなんかねーよ!」
ズデンカは腕を組んでふんぞり返った。
顔を上げたカミーユの目元は真っ赤に染まっていた。
「カミーユさんも、自信を持ってください。旅は楽しいですよ!」
ルナは励ました。
「……」
カミーユはまだ元気なさそうだった。
「うーん。カミーユさんにご機嫌を直して貰うにはどうしたらいいんだろう? でも、わたしは綺譚《おはなし》を聞くことしか出来ないからなあ」
「じゃあ、それをしたらどうだ」
ズデンカは言った。
「うん。それしかないよね」
「私にはなにもお話することなんか」
「ボレル家については語れるだろう。予もいささかなりとは知っている」
アデーレが冷ややかな目で言った。
「さっきもお伝えしましたが分家の分家で」
「なら、その分家に関する綺譚《おはなし》をすればいい。どんな家にも語るべきことはあるはずです」
「わ、私は母が父と駆け落ちして生まれた子なんです。だから、五歳まで普通の子と同じように育ったんですが、お金の問題もあって……戦争の時期にあたりましたし。お祖母さまは金銭の援助をする代わりに血を引く、私を引き取り養育することになったんです。それからは両親と引き離されて育って、いろいろな技を仕込まれました……」
一度話し出せば、案外流暢にカミーユは己の来歴を語った。
「なるほどね」
そう言うルナは、お馴染みの手帳も鴉の羽ペンも持ち出していなかった。
「お気には……召さなかったのでしょうか?」
「あなたの綺譚《おはなし》は、これから追々と聞いていくことに致しましょう」
ルナはウインクした。
ズデンカは珍しく上の空になり、軍隊の列の後部で馬に引かれている幌馬車と馬車馬のことが気になっていた。
宿屋の前で、アデーレに言われるがままに豪華な馬車へ乗せられてしまったので、あれからどうなっているのか確認していなかった。
――やっぱりあれはあたしの管理下にないと落ち着かない。
ズデンカは不安だった。
「なっ、何だあれは?」
「敵襲! 敵襲!」
突然、前方から人の騒ぐ声が聞こえてきた。
四人は一斉に席を立って身構えた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる