267 / 526
第一部
第二十五話 隊商(14)
しおりを挟む
廊下の床板を軋らせて、大人数が進んでくる音が続いた。
ズデンカはイライラしながらドアを開けた。
「どうした?」
「物々しく武装した行列が店の前で止まってるぜ」
たくさんいるなかで、サーカス団員と思しき男が言った。
――襲撃か?
ズデンカはイライラした。ルナの体調もまだまだ万全でないのに、大軍で襲いかかられたら、文字通り血路を開いて逃げないといけなくなる。
デュレンマットでの一件のようなことはもうこりごりだった。
「なんでも、オルランド公の軍らしいぞ」
他の団員が言った。
「オルランド?」
少し遠いもののオルランドはラミュの隣国ではある。
ラミュは中立国なので同盟関係にこそないが、軍の通行は許可を取れば可能なので来ること自体は可能だろう。
しばらく考えた末、ルナの知り合いが一人いたことを思い出した。
――アデーレ・シュニッツラー。
陸軍軍医総監。ズデンカはずいぶん久しぶりにその名前を思い出した気がした。
――実際最後に会って二ヶ月は経ってるしな。
「顔通ししてやるか」
善(?)は急げとばかりに階段を降りて玄関まで歩いていった。
途中で立ち止まる。
アデーレが店内に上がり込み、両腕を組んで偉そうに立っていたからだ。
「貴様か」
見下すような視線が、ズデンカを刺した。
しかし、ズデンカは負けじと視線を刺し返した。
「ルナはどうした?」
アデーレの鼻息は明らかに上がっていた。
「寝てる。まだ本調子じゃねえから騒ぐんじゃねえぞ」
「相変わらず下品なメイドだな」
「下品で悪かったな」
双方睨み合いのかたちだ。
「おやおや、アデーレじゃないか! 久しぶりだね」
ルナが寝間着のまま降りてきた。
「アホか。部屋に籠もってろ」
ズデンカは振り返って怒鳴った。
「ルナァ!」
アデーレはズデンカを放置してルナに突進していった。
ギュッと、きつく抱きしめ合う。
ズデンカは顔を顰めた。
「ルナが、怪我をしたと風の噂で聞いて――い、いや、ラミュに公用もあったのだが、そのっ、ついででだなぁ……」
「ありがとうありがとう、こんなところまで来てくれて助かるよ。実は、わたし今狙われてるんだ」
「ねっ、狙われてるだと! 誰にだ?」
「まあ、悪いやつらさ。ともかくさ、ここにずっといる訳にもいかないし、途中までで良いからオルランド軍の護衛を付けてくれるとありがたいんだけど」
ルナは誤魔化しながら、上目遣いでアデーレを見た。
「もっ、もちろん! ラミュ国内であれば、護衛を付けることも可能だぞ……と言うより! 予自らが一緒について行ってやろう!」
――勝手に話を決めやがってよ。
いつもながらのことだが、ズデンカはため息を吐いた。
「じゃあ、お願いするよ」
ルナは笑った。
「ペルッツさま」
バルトルシャイティスとカミーユが降りてくる。
「いきなりですみませんが、ここを出発させて頂くことにしますよ。もちろん、約束通り、カミーユさんは連れていきます」
「はぁ……」
カミーユはまた自信なさそうにうつむいた。
――足手まといになったりしなけりゃいいんだがな。
ズデンカは睨み過ぎてしまわないよう注意しながらカミーユを見た。
「それではこれでしばしお別れですね。良い旅を」
バルトルシャイティスは深々と一礼した。自分より低いためわからなかったが、ズデンカはバルトルシャイティスの身長は高い方だと気付いた。
寂しさも孤独もその広い背で受け止めているかのようだった。
「あ、もちろん着替えはちゃんとしますよー!」
そうキリッとしてみせるルナの襟首を掴み、ズデンカは階段まで引きずっていった。
――やれやれ。とんだ珍道中になったな。どうなることやら。
ズデンカはイライラしながらドアを開けた。
「どうした?」
「物々しく武装した行列が店の前で止まってるぜ」
たくさんいるなかで、サーカス団員と思しき男が言った。
――襲撃か?
ズデンカはイライラした。ルナの体調もまだまだ万全でないのに、大軍で襲いかかられたら、文字通り血路を開いて逃げないといけなくなる。
デュレンマットでの一件のようなことはもうこりごりだった。
「なんでも、オルランド公の軍らしいぞ」
他の団員が言った。
「オルランド?」
少し遠いもののオルランドはラミュの隣国ではある。
ラミュは中立国なので同盟関係にこそないが、軍の通行は許可を取れば可能なので来ること自体は可能だろう。
しばらく考えた末、ルナの知り合いが一人いたことを思い出した。
――アデーレ・シュニッツラー。
陸軍軍医総監。ズデンカはずいぶん久しぶりにその名前を思い出した気がした。
――実際最後に会って二ヶ月は経ってるしな。
「顔通ししてやるか」
善(?)は急げとばかりに階段を降りて玄関まで歩いていった。
途中で立ち止まる。
アデーレが店内に上がり込み、両腕を組んで偉そうに立っていたからだ。
「貴様か」
見下すような視線が、ズデンカを刺した。
しかし、ズデンカは負けじと視線を刺し返した。
「ルナはどうした?」
アデーレの鼻息は明らかに上がっていた。
「寝てる。まだ本調子じゃねえから騒ぐんじゃねえぞ」
「相変わらず下品なメイドだな」
「下品で悪かったな」
双方睨み合いのかたちだ。
「おやおや、アデーレじゃないか! 久しぶりだね」
ルナが寝間着のまま降りてきた。
「アホか。部屋に籠もってろ」
ズデンカは振り返って怒鳴った。
「ルナァ!」
アデーレはズデンカを放置してルナに突進していった。
ギュッと、きつく抱きしめ合う。
ズデンカは顔を顰めた。
「ルナが、怪我をしたと風の噂で聞いて――い、いや、ラミュに公用もあったのだが、そのっ、ついででだなぁ……」
「ありがとうありがとう、こんなところまで来てくれて助かるよ。実は、わたし今狙われてるんだ」
「ねっ、狙われてるだと! 誰にだ?」
「まあ、悪いやつらさ。ともかくさ、ここにずっといる訳にもいかないし、途中までで良いからオルランド軍の護衛を付けてくれるとありがたいんだけど」
ルナは誤魔化しながら、上目遣いでアデーレを見た。
「もっ、もちろん! ラミュ国内であれば、護衛を付けることも可能だぞ……と言うより! 予自らが一緒について行ってやろう!」
――勝手に話を決めやがってよ。
いつもながらのことだが、ズデンカはため息を吐いた。
「じゃあ、お願いするよ」
ルナは笑った。
「ペルッツさま」
バルトルシャイティスとカミーユが降りてくる。
「いきなりですみませんが、ここを出発させて頂くことにしますよ。もちろん、約束通り、カミーユさんは連れていきます」
「はぁ……」
カミーユはまた自信なさそうにうつむいた。
――足手まといになったりしなけりゃいいんだがな。
ズデンカは睨み過ぎてしまわないよう注意しながらカミーユを見た。
「それではこれでしばしお別れですね。良い旅を」
バルトルシャイティスは深々と一礼した。自分より低いためわからなかったが、ズデンカはバルトルシャイティスの身長は高い方だと気付いた。
寂しさも孤独もその広い背で受け止めているかのようだった。
「あ、もちろん着替えはちゃんとしますよー!」
そうキリッとしてみせるルナの襟首を掴み、ズデンカは階段まで引きずっていった。
――やれやれ。とんだ珍道中になったな。どうなることやら。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる