月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第二十五話 隊商(13)

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「コレットとか言うやつとまた会いたい、でも構わないんだぞ。ルナは霊を呼び出すことは出来ないが、お前の記憶の中にいるそいつを実体化することは可能だ。今までも幾らか実演したことがある」

 腕を組みながらズデンカは言った。

――話を聞けば、大方こいつの望んでいることぐらい想像がつく。

「いえ、小生の願いはそうではありません」

 バルトルシャイティスはきっぱりと断った。

 ズデンカには意外だった。

「はぁ? じゃあ何が望みなんだ」

 バルトルシャイティスはカミーユを向いて、

「このナイフ投げカミーユ・ボレルをあなた方にしばらくさせて頂きたいのです」

 と言った。

「ほう」

 ルナは微笑んだ。

 モノクルを触りたそうだったが、ズデンカに外されたので本来はあるはずの場所を虚しく手で掻いている。

「犬どもとの戦いでは力を発揮できませんでしたが、カミーユはほぼ確実に狙ったものにナイフを中てることが出来ます」

「しかし、なぜ?」

 ルナは訊いた。

「あなた方がどんな旅をなさるのか、気になりましてね」

「なるほど、いいですよ」

 ルナはあっさり受け合った。

「おいルナ!」

 ズデンカは身を乗り出した。

「まあいいじゃないか。三人連れの旅も結構オツなものだよ。と言うか、カミーユさんはどうなんですか?」

 ルナに見据えられてカミーユは下を向き、右手で左の腕を握った。  

「私に……そんな力は……ありません。足手まといになるだけで」

「カミーユは自分の力を過小評価しているのです。広い世界を見せてやるのが座長としての努めかと思いまして」

 バルトルシャイティスは穏やかに言った。

「ところで、ボレルという名前には聞き覚えがありますね。トゥールーズの処刑者の一族じゃないですか?」

 ルナは言った。

「はい、その通りです。本当に分家も分家ですけどね」

 ボレル家は革命以前のトゥールーズで王家に仕えた処刑者の一族だ。

 革命で王家が倒されて以後もその一族はさまざまば武術を得意とし、伝承し続けていると聞く。

 カミーユもその血を引く者ならば、犬狼どもの襲撃にも対処できたはずだが。

 目の前にいる少女は顔をうつむけていた。

――過小評価か。

 ズデンカは心の中で呟いていた。

「それはそれとして、本当に良いんですね? コレットさんとは会わなくて」

「はい。合わせる顔がありませんからね。あんな気持ちになったことは、面と向かって言えません。たとえ、幻に対しても」

 とバルトルシャイティスはズデンカに目配せした。

「女ばかりが殺されるのは、いささか癪だけどな」

 ズデンカはそこから視線を外してルナを向きながら言った。

――今まで、幾らでも見た光景だ。

「本人が死ぬことを引き受けたんだから仕方ないさ。それよりわたしは砂漠の老人の方が気になりますね」

「それが何の手掛かりもありません。名前すら知らないのです。小生はその後二度とマフフーズの土を踏んだことがありませんので。三十年も断ってしまっているので今はどうなったものか」

「幻を実体化させる。それはわたしの能力《ちから》と同じだ」

 ルナは静かに言った。

「ペルッツさまにとって何らかの手掛かりになれば幸いです」

 バルトルシャイティスは深々と礼をした。

――慇懃に取り繕った仮面の下でこいつは何を思うのか。

 ズデンカは相手を睨み付けながら、砂漠の隊商の話を反芻していた。

――人間は時としてああ言う感情に取り憑かれることもあるのだろうな。

 自分が人だった頃のことを思い返そうとしたが、なかなか難しかった。

 その時、ドアの外で騒がしい声が聞こえた。何か起こったのだろうか。
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