上 下
264 / 526
第一部

第二十五話 隊商(11)

しおりを挟む
 獣のような呻きを上げ続けるコレットにも構わず、小生は黙々と刺し続けたのです。

 さっきまで震えて何も出来ないぐらいだったのに、不思議なことです。

 口からどす黒い血が溢れ出していました。

 血というものは汚らしくて、美しいものではとてもないですよ。そんなことは、ペルッツさまもよくご存じでしょうけれど。

  でも、そんな汚らしいものを浴びながら、小生は悦んでいました。

 コレットがあまりに大声なので、サーカスの皆が駆けつけてくるかと一瞬思いましたが、すぐにどうでもよくなりました。

 実際、そんなことはありませんでした。小生たちの移動したところがそれほど離れていたのか、隊商の老人が例の不思議な力を使って消していたのでしょう。

 小生は心ゆくまで刺し続けたと言う訳です。

 じきにコレットはあんぐりと口を開けたまま、動かなくなりました。

 死んだのです。

 小生はむしろ達成感を覚えていました。

 それは本当は覚えてはいけない感情なのだと思います。

 でも、コレットは死ぬことで、永遠に小生の記憶の中に所有されたのです。

 完全に独り締めにしたという感情が萌さなかったと答えれば、嘘になるでしょう。

 死んだことを確認した後で服を引き裂き、皮膚を断って胸窩を剖《ひら》きました。

 既に心臓は何度も突き刺されてグチャグチャになっており、すぐさま月の光が溢れてきても、肉の塊としか思えませんでした。

「できたか」

 後ろから声が掛かりました。

 老人でした。

 皺だらけの手を無造作にコレットの胸に突っ込んで肉の塊を引き抜き、砂の上に投げつけました。

 心臓は銀の砂粒の奥に没していきます。

 月の光が、コレットの胸で踊り、満ち広がっていきます。それはまるで大きな波に洗われていっているように感じられました。

 コレットの眼は見開かれたままで、月の光のまぶしさにも顔を顰めることがありません。

 一瞬の出来事でした。

 月の光がまるで本当の水のように波打ってコレットの胸窩にたまっていくではありませんか。

 やがて、光が液体となって心臓のあったところへ並々と注がれていることに気付きました。

『これだ』

『これこそが月の雫なんだ』

 小生は直感しました。

 思わず手を伸ばします。

 老人に弾かれました。

「汚らしい手で触るな」

 いつのまにか小さな黄金の盃が用意されていました。

 老人は皮の手袋をして、それを捧げ持つようにしながら、コレットの胸窩へ入れました。

 たちまち月の雫は盃を満たします。その黄金の縁までキラキラと眼を射るように輝いて、あたりに光をまき散らしていました。

「これが月の雫か」

 アズィームでした。輝きの強さに惹かれてやってきたのでしょうか。

「渡せ」

 老人に命令します。

「その前にお金《あし》を頂きたいもので」

 金貨の詰まった袋を砂の上に落とすアズィーム。

 老人は月の雫を零さないよう、そおっと盃を渡しました。

 続いて、皮の手袋を脱ぎ捨てて、即座に金を掴み取り、後ろにさがります。

「今から月の雫を飲み干す。俺は不老不死になるのだ」

 盃を頂いて、アズィームは叫びます。

 そして、静かに、そうっと唇を月の雫に飲み干しました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

神々に天界に召喚され下界に追放された戦場カメラマンは神々に戦いを挑む。

黒ハット
ファンタジー
戦場カメラマンの北村大和は,異世界の神々の戦の戦力として神々の召喚魔法で特殊部隊の召喚に巻き込まれてしまい、天界に召喚されるが神力が弱い無能者の烙印を押され、役に立たないという理由で異世界の人間界に追放されて冒険者になる。剣と魔法の力をつけて人間を玩具のように扱う神々に戦いを挑むが果たして彼は神々に勝てるのだろうか

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...