月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第二十五話 隊商(11)

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 獣のような呻きを上げ続けるコレットにも構わず、小生は黙々と刺し続けたのです。

 さっきまで震えて何も出来ないぐらいだったのに、不思議なことです。

 口からどす黒い血が溢れ出していました。

 血というものは汚らしくて、美しいものではとてもないですよ。そんなことは、ペルッツさまもよくご存じでしょうけれど。

  でも、そんな汚らしいものを浴びながら、小生は悦んでいました。

 コレットがあまりに大声なので、サーカスの皆が駆けつけてくるかと一瞬思いましたが、すぐにどうでもよくなりました。

 実際、そんなことはありませんでした。小生たちの移動したところがそれほど離れていたのか、隊商の老人が例の不思議な力を使って消していたのでしょう。

 小生は心ゆくまで刺し続けたと言う訳です。

 じきにコレットはあんぐりと口を開けたまま、動かなくなりました。

 死んだのです。

 小生はむしろ達成感を覚えていました。

 それは本当は覚えてはいけない感情なのだと思います。

 でも、コレットは死ぬことで、永遠に小生の記憶の中に所有されたのです。

 完全に独り締めにしたという感情が萌さなかったと答えれば、嘘になるでしょう。

 死んだことを確認した後で服を引き裂き、皮膚を断って胸窩を剖《ひら》きました。

 既に心臓は何度も突き刺されてグチャグチャになっており、すぐさま月の光が溢れてきても、肉の塊としか思えませんでした。

「できたか」

 後ろから声が掛かりました。

 老人でした。

 皺だらけの手を無造作にコレットの胸に突っ込んで肉の塊を引き抜き、砂の上に投げつけました。

 心臓は銀の砂粒の奥に没していきます。

 月の光が、コレットの胸で踊り、満ち広がっていきます。それはまるで大きな波に洗われていっているように感じられました。

 コレットの眼は見開かれたままで、月の光のまぶしさにも顔を顰めることがありません。

 一瞬の出来事でした。

 月の光がまるで本当の水のように波打ってコレットの胸窩にたまっていくではありませんか。

 やがて、光が液体となって心臓のあったところへ並々と注がれていることに気付きました。

『これだ』

『これこそが月の雫なんだ』

 小生は直感しました。

 思わず手を伸ばします。

 老人に弾かれました。

「汚らしい手で触るな」

 いつのまにか小さな黄金の盃が用意されていました。

 老人は皮の手袋をして、それを捧げ持つようにしながら、コレットの胸窩へ入れました。

 たちまち月の雫は盃を満たします。その黄金の縁までキラキラと眼を射るように輝いて、あたりに光をまき散らしていました。

「これが月の雫か」

 アズィームでした。輝きの強さに惹かれてやってきたのでしょうか。

「渡せ」

 老人に命令します。

「その前にお金《あし》を頂きたいもので」

 金貨の詰まった袋を砂の上に落とすアズィーム。

 老人は月の雫を零さないよう、そおっと盃を渡しました。

 続いて、皮の手袋を脱ぎ捨てて、即座に金を掴み取り、後ろにさがります。

「今から月の雫を飲み干す。俺は不老不死になるのだ」

 盃を頂いて、アズィームは叫びます。

 そして、静かに、そうっと唇を月の雫に飲み干しました。
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