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第一部
第二十五話 隊商(10)
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小生は尾《つ》いていくしかありませんでした。コレットも歩き出しています。
「どこでもいい、好きなところを選んで死ね」
老人はこともなげにコレットに言い放ちました。
月の光が、砂を銀色に照らして小波《さざなみ》のように広がっていきます。
コレットは何も言わず、一番小高くて、月の光を受けやすく、明るい場所まで歩いていきました。
その横顔まで銀色に染まりました。
半ば死に捉えられたように。
それは比喩でも何でもなく、今、目の前で起ころうとしていることなのです。
小生はコレットを見詰めました。
明るい彼女が、まるで嘘のように厳しく、強張った表情になっています。
一言、小生の名前を呼びました。
その声は顔とは裏腹に透き通っていて、力強いものでした。
逆らうことは出来ません。
応じるように、小生はそちらに向かいました。
足を掛けると、堆《うずたか》い砂丘が砕けてしまい、小生の足は中にめり込みました。
そんなことは気にもならず、足を引き抜いては進みました。
けれどコレットを目の前にすると膝が笑ってしまって、砂の上に坐り込んでしまったのです。腰が沈んでいくのを感じながら。
コレットは既に砂の上に横たわって、月の光を全身に浴びていました。
「短剣を」
コレットは急かしました。
小生は躊躇っていました。
「これしかないんだよ。あんたがしないなら、あたしがやるよ」
短剣を鞘から引き抜いていました。刃が月の光を反射します。
とても切っ先が鋭く、これで刺し貫いたらどんな獣でもすぐに絶命させることが出来そうです。
絶命。
小生はたやすくコレットの命を奪えるのです。
短剣の柄を強く握り締めました。
コレットに近付けば近付くほど、身体は震え、歯の根が合わなくなります。
冷たい砂漠の夜風に吹き付けられたのもあるでしょう。
でも、もちろん、小生が震えた原因は恐怖でした。
「刺して」
コレットは自分の心臓のある場所を指差して言います。
なお、一歩踏み出すことが出来ませんでした。
「君を殺したくない」
「そうしないと、皆が助からないでしょ!」
コレットは怒鳴っていました。
「あたしも死にたくないよ。でも、こうするしかない」
「あいつの言ってることだって……どこまで本当だかかわからないよ! 俺たちを騙すために言ってるのかも……」
「幻でオアシスを作り出していたんだから、間違いないよ」
コレットはきっぱりと言いました。
幻想――己の心の中にあるものを具現化できる力を、あの隊商の老人は持っていたのです。それは自分の眼で見てよくわかっていることでした。
言い返すことが出来なくなって、小生は短剣をさらに強く握り締めました。
臥すコレットの上に被さるように立ちます。
「ああああああああ」
もう訳がわからなくなって、小生は短刀をコレットの胸に突き立てていました。
「うっ!」
コレットが呻きを漏らしました。
「あああああああああ!」
その声を聞いて混乱した小生はさらに強く強く何度も短剣を刺していました。
勢いよく血が溢れ出します。その血も月の光を浴びて銀色に輝いていました。
短刀を握る拳まで滑り、真っ赤に染まっていました。
噎せ返るほどに腥《なまぐさ》い臭いを嗅いでいたのですが、小生は不思議と気になりませんでした。
むしろ、満足感すら覚えていたのです。
恐ろしいことだと思われるでしょうか?
「どこでもいい、好きなところを選んで死ね」
老人はこともなげにコレットに言い放ちました。
月の光が、砂を銀色に照らして小波《さざなみ》のように広がっていきます。
コレットは何も言わず、一番小高くて、月の光を受けやすく、明るい場所まで歩いていきました。
その横顔まで銀色に染まりました。
半ば死に捉えられたように。
それは比喩でも何でもなく、今、目の前で起ころうとしていることなのです。
小生はコレットを見詰めました。
明るい彼女が、まるで嘘のように厳しく、強張った表情になっています。
一言、小生の名前を呼びました。
その声は顔とは裏腹に透き通っていて、力強いものでした。
逆らうことは出来ません。
応じるように、小生はそちらに向かいました。
足を掛けると、堆《うずたか》い砂丘が砕けてしまい、小生の足は中にめり込みました。
そんなことは気にもならず、足を引き抜いては進みました。
けれどコレットを目の前にすると膝が笑ってしまって、砂の上に坐り込んでしまったのです。腰が沈んでいくのを感じながら。
コレットは既に砂の上に横たわって、月の光を全身に浴びていました。
「短剣を」
コレットは急かしました。
小生は躊躇っていました。
「これしかないんだよ。あんたがしないなら、あたしがやるよ」
短剣を鞘から引き抜いていました。刃が月の光を反射します。
とても切っ先が鋭く、これで刺し貫いたらどんな獣でもすぐに絶命させることが出来そうです。
絶命。
小生はたやすくコレットの命を奪えるのです。
短剣の柄を強く握り締めました。
コレットに近付けば近付くほど、身体は震え、歯の根が合わなくなります。
冷たい砂漠の夜風に吹き付けられたのもあるでしょう。
でも、もちろん、小生が震えた原因は恐怖でした。
「刺して」
コレットは自分の心臓のある場所を指差して言います。
なお、一歩踏み出すことが出来ませんでした。
「君を殺したくない」
「そうしないと、皆が助からないでしょ!」
コレットは怒鳴っていました。
「あたしも死にたくないよ。でも、こうするしかない」
「あいつの言ってることだって……どこまで本当だかかわからないよ! 俺たちを騙すために言ってるのかも……」
「幻でオアシスを作り出していたんだから、間違いないよ」
コレットはきっぱりと言いました。
幻想――己の心の中にあるものを具現化できる力を、あの隊商の老人は持っていたのです。それは自分の眼で見てよくわかっていることでした。
言い返すことが出来なくなって、小生は短剣をさらに強く握り締めました。
臥すコレットの上に被さるように立ちます。
「ああああああああ」
もう訳がわからなくなって、小生は短刀をコレットの胸に突き立てていました。
「うっ!」
コレットが呻きを漏らしました。
「あああああああああ!」
その声を聞いて混乱した小生はさらに強く強く何度も短剣を刺していました。
勢いよく血が溢れ出します。その血も月の光を浴びて銀色に輝いていました。
短刀を握る拳まで滑り、真っ赤に染まっていました。
噎せ返るほどに腥《なまぐさ》い臭いを嗅いでいたのですが、小生は不思議と気になりませんでした。
むしろ、満足感すら覚えていたのです。
恐ろしいことだと思われるでしょうか?
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