上 下
254 / 526
第一部

第二十五話 隊商(1)

しおりを挟む
中立国ラミュ首都デュレンマット郊外『霰弾亭』――

  
「綺譚《おはなし》! 綺譚《おはなし》!」

 パジャマを着た綺譚収集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツはベットに寝っ転がりながらわめいていた。

「やれやれ」

 メイド兼従者兼馭者の吸血鬼《ヴルダラク》ズデンカはため息を吐いた。

 先日デュレンマットで犬たちが一斉に人を襲うという事件があり、そこでサーカスを行っていた『月の隊商キャラバン・ド・ラ・ルナ』と共に窮地を脱したルナは負傷し、郊外にある酒場兼宿屋『霰弾亭』で休息することになった。

 襲撃者はスワスティカの残党だった。ルナは幻想を実体化する力を持っており、連中から付け狙われているのだった。

 犬たちを襲わせたのはイヴァン・コワコフスキという少年だったが、襲撃者は他にもいることがわかっていた。

 しかし、今のところ、ルナは誰からも襲撃を受けていない。 

 なぜならズデンカが『霰弾亭』の二階に監禁して、一歩も外に出していないからだ。

 何日も閉じ込められてイライラが極点に達したルナは、冒頭で口にした二語しか言えない身体となってしまった。

「綺譚《おはなし》! 綺譚《おはなし》!」

 お酒も煙草も禁じられていたためか、手足もプルプルと震えている。

 実際、ここしばらくルナの一番の楽しみとも言える綺譚の蒐集が行えていない。第二第三の楽しみの飲酒喫煙も禁じられていれば、おかしくなるのも不思議ではない。

――なんとかしねえとな。このままだとおかしくなって変なことをし始めるかもしれん。

 実質保護者なズデンカは、首を捻りながら考えた。

――そうだ! バルトルシャイティスだ。奴なら何かちょうど良い話を知ってるだろう。

 バルトルシャイティスは『月の隊商』の座長だ。さまざまな地域を旅しているはずなので、面白い話を知っているだろう。

「綺譚《おはなし》! 綺譚《おはなし》!」

 ルナは毛布にくるまって足をバタバタ言わせまくっていた。

 ズデンカはこっそり扉から身を乗り出して、左右を見回した。

 カミーユが階段を登ってきた。『月の隊商』の団員だ。

 何くれとなく部屋に来て、物資の支援をしてくれる。バルトルシャイティスから言われてというのだが、本人も世話焼きなのだろう、冷たいとルナは拒んだが、ゴム製の水枕を何度も取り換えにきてもくれていた。

 ズデンカは心の中で感謝していた。

 「ズデンカさん!」

 カミーユは近付いて来た。

「バルトルシャイティスを呼んでくれないか」

「はい、どうかされたんですか?」

「どうもルナの病気が始まったようでな」

「病気、それは大変! お医者様をお呼びした方が」

「いや、医者で治る病気じゃない。ルナは面白い話を人から聞きたがるという極めつけの悪癖があってな。バルトルシャイティスなら何かちょうどいい話を知っているかと思って呼んだんだ」

 ズデンカは申し訳なさそうに言った。

「はっ! はい、わかりました」

 あまり納得は出来ていないようだったが、カミーユは駆け足で階段を降りていった。

「良かったなルナ。バルトルシャイティスから話が聞けそうだろ」

「え! ほんと?」

 ルナががばっと毛布を押しのけて立ち上がった。

「今から来るそうだ。着換えるか?」

 その時間はなさそうだったが、取り敢えず訊いてみた。

「ううん! このままでいいよ! 綺譚《おはなし》! 綺譚《おはなし》!」

 ルナは目を輝かせ始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ハナノカオリ

桜庭かなめ
恋愛
 女子高に進学した坂井遥香は入学式当日、校舎の中で迷っているところをクラスメイトの原田絢に助けられ一目惚れをする。ただ、絢は「王子様」と称されるほどの人気者であり、彼女に恋をする生徒は数知れず。  そんな絢とまずはどうにか接したいと思った遥香は、絢に入学式の日に助けてくれたお礼のクッキーを渡す。絢が人気者であるため、遥香は2人きりの場で絢との交流を深めていく。そして、遥香は絢からの誘いで初めてのデートをすることに。  しかし、デートの直前、遥香の元に絢が「悪魔」であると告発する手紙と見知らぬ女の子の写真が届く。  絢が「悪魔」と称されてしまう理由は何なのか。写真の女の子とは誰か。そして、遥香の想いは成就するのか。  女子高に通う女の子達を中心に繰り広げられる青春ガールズラブストーリーシリーズ! 泣いたり。笑ったり。そして、恋をしたり。彼女達の物語をお楽しみください。  ※全話公開しました(2020.12.21)  ※Fragranceは本編で、Short Fragranceは短編です。Short Fragranceについては読まなくても本編を読むのに支障を来さないようにしています。  ※Fragrance 8-タビノカオリ-は『ルピナス』という作品の主要キャラクターが登場しております。  ※お気に入り登録や感想お待ちしています。

処理中です...