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第一部
第二十四話 氷の海のガレオン(8)
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「仕方ない。廊下を通るしかないだろう」
オドラデクの助力は期待せず、一人で動くことにした。
埃を吸い込まないように口元を押さえ、もう片方の手で、蜘蛛の巣を掻きわけながら進んでいく。
廊下も床板はガタピシとしていて今にも崩れ落ちそうだった。今は船の半ばにいるわけだが、そこからさらに落ちたら、船の下へ、下へ、奈落へと沈んでいくのだろう。
そう思うだけで身震いがした。
両の足先に力を入れ過ぎないよう、フランツはしっかり歩んだ。
後ろを振り返ると、オドラデクがのろのろ尾いてくるのが見えた。二人が一緒に乗れば床板が沈むかもしれないので、正直来て欲しくはなかった。
距離を取って先に行く。思いの外多くの部屋がこのガレオンにはあった。中には白骨がベッドに倒れこんでいる様子が覗えるものもあったが、気にしなかった。
――襲いかかってこないのならどうでもいい。
あの海賊たちの髑髏とこの船室にいるものの違いはわからない。何かの力を得て動いているのかも知れない。それがオドラデクの言う『幻想』なのかも知れない。
――関係ない。
フランツは焦りをひたすら身体の奥深くへ埋めた。
廊下の突き当たりで左側に上へ繋がる階段があった。ようやく脱出できると思って足を掛けた途端それが砕けた。さっきまで階段があったそこには黒い闇が見えた。
フランツは反射的に後ろにとびすさっていた。
口を押さえているため脳にあまり血が回っていないことに気付いた。急いで呼吸するが即座に埃でむせて咳をした。
――このままじゃやばいな。
「ヘイ!」
陽気な声が聞こえた。もちろんオドラデクだ。勢いよく壁を破壊して、そこから空気を入れていた。
「息苦しいでしょ?」
勢いよく走り寄り、キラキラ目を輝かせて訊いてくる。
だが、正直フランツは助かった。まだ、床板が沈下しないか気にはなっていたが。
「ぼくだけ置いてきぼりにして、悲しいじゃないですかぁ」
と無理矢理肩を組んできた。
意外にもそれで少しだけ焦りが和らいだような気がした。
フランツは初めてオドラデクに感謝した。
しかし、考え直せばそもそもこんな苦労をしなければならなくなったのはオドラデクのせいなのだ。
階段を降りようとしたが、
――そうか、やつの開けた穴から出れば良いか。
と思い直して、壊れた壁に近付いた。冷気に相変わらず身を切られるようだが、我慢して顔を外へ出した。
船の脇腹から覗いた格好となる。絶壁と言うほどではなかったが、飛ぶにはいささか難しい位置だ。
だが、幸いオドラデクが引き摺り下ろした縄がそう遠くない場所に掛かっていた。
フランツは穴から身体を這い出させ、壁の隙間に指を突っ込んで縋りながら縄を引き寄せた。
手がかじかむ。感覚すらなくなりそうだ。
それでも力を振り絞り、軽く跳躍して縄を掴んだ。
身体のバランスを調えなおしたら、一段一段、下へと降りる。
ようやく、足が氷の上に着きそうになった時、不思議な姿が、船の甲板の上に見えた。
雪のように白い肌。
――いや、これは白子《アルビノ》というやつだ。
風に靡く藍色のローブを被った幼い娘が船の甲板にすっくと立っていたのだった。
――幽霊か。
フランツは思った。
オドラデクの助力は期待せず、一人で動くことにした。
埃を吸い込まないように口元を押さえ、もう片方の手で、蜘蛛の巣を掻きわけながら進んでいく。
廊下も床板はガタピシとしていて今にも崩れ落ちそうだった。今は船の半ばにいるわけだが、そこからさらに落ちたら、船の下へ、下へ、奈落へと沈んでいくのだろう。
そう思うだけで身震いがした。
両の足先に力を入れ過ぎないよう、フランツはしっかり歩んだ。
後ろを振り返ると、オドラデクがのろのろ尾いてくるのが見えた。二人が一緒に乗れば床板が沈むかもしれないので、正直来て欲しくはなかった。
距離を取って先に行く。思いの外多くの部屋がこのガレオンにはあった。中には白骨がベッドに倒れこんでいる様子が覗えるものもあったが、気にしなかった。
――襲いかかってこないのならどうでもいい。
あの海賊たちの髑髏とこの船室にいるものの違いはわからない。何かの力を得て動いているのかも知れない。それがオドラデクの言う『幻想』なのかも知れない。
――関係ない。
フランツは焦りをひたすら身体の奥深くへ埋めた。
廊下の突き当たりで左側に上へ繋がる階段があった。ようやく脱出できると思って足を掛けた途端それが砕けた。さっきまで階段があったそこには黒い闇が見えた。
フランツは反射的に後ろにとびすさっていた。
口を押さえているため脳にあまり血が回っていないことに気付いた。急いで呼吸するが即座に埃でむせて咳をした。
――このままじゃやばいな。
「ヘイ!」
陽気な声が聞こえた。もちろんオドラデクだ。勢いよく壁を破壊して、そこから空気を入れていた。
「息苦しいでしょ?」
勢いよく走り寄り、キラキラ目を輝かせて訊いてくる。
だが、正直フランツは助かった。まだ、床板が沈下しないか気にはなっていたが。
「ぼくだけ置いてきぼりにして、悲しいじゃないですかぁ」
と無理矢理肩を組んできた。
意外にもそれで少しだけ焦りが和らいだような気がした。
フランツは初めてオドラデクに感謝した。
しかし、考え直せばそもそもこんな苦労をしなければならなくなったのはオドラデクのせいなのだ。
階段を降りようとしたが、
――そうか、やつの開けた穴から出れば良いか。
と思い直して、壊れた壁に近付いた。冷気に相変わらず身を切られるようだが、我慢して顔を外へ出した。
船の脇腹から覗いた格好となる。絶壁と言うほどではなかったが、飛ぶにはいささか難しい位置だ。
だが、幸いオドラデクが引き摺り下ろした縄がそう遠くない場所に掛かっていた。
フランツは穴から身体を這い出させ、壁の隙間に指を突っ込んで縋りながら縄を引き寄せた。
手がかじかむ。感覚すらなくなりそうだ。
それでも力を振り絞り、軽く跳躍して縄を掴んだ。
身体のバランスを調えなおしたら、一段一段、下へと降りる。
ようやく、足が氷の上に着きそうになった時、不思議な姿が、船の甲板の上に見えた。
雪のように白い肌。
――いや、これは白子《アルビノ》というやつだ。
風に靡く藍色のローブを被った幼い娘が船の甲板にすっくと立っていたのだった。
――幽霊か。
フランツは思った。
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