240 / 526
第一部
第二十三話 犬狼都市(12)
しおりを挟む
「誰だ?」
ズデンカはなお攻撃的な態度を崩さなかった。
「『月の隊商』団員のカミーユと申します。逃げる時は大勢でしたのでご記憶には残っていないかも知れませんね。バルトルシャイティスさんから、男が届けてはお気に障るでしょうから、私が代わりにと言われて」
「そうか。……いたか?」
ズデンカはしばし考えた。短期記憶はそこまで悪くないと思っていたのに、顔を覚えられていなかったとは。
――これじゃあルナを害しようと近付いてくるやつを見分けられない。
自分で自分を撲りたい気分だった。
――逆にこいつも刺客のなりすましかもしれんぞ。
相手の顔を食い入るように眺めた。
そこには怯えの影が過ぎるばかりで、襲いかかってきそうな様子は見えない。
どんなに訓練された暗殺者だろうとズデンカの動体視力には叶わないので、反撃の用意は固めながら取り敢えず中に上げることにした。
カミーユは手に瓶を幾つか入れたお盆を持っていた。
「何だこれは」
「消毒液や包帯にアヘンチンキ、あと狂犬病のお薬なんかもあります。念には念を入れろというバルトルシャイティスさんからのお達しでして」
「貸せ」
ズデンカはお盆をひったくった。
毒が盛られているかも知れないという危惧はあったが、そうも言っていられない。何しろズデンカは血以外に対する嗅覚も味覚も鈍く、臭いを嗅いで毒かそうでないか判別するのは難しいのだ。
「おい、起きてるだろ」
目を瞑っているルナに声を掛ける。
「ふうむ」
ルナは片目だけ器用に開けた。
「薬の時間だ」
無理にシャツを脱がせた。
まずお盆の中に置いてあった綿に消毒液を垂らして傷口をさっと拭く。
「イツッ!」
ルナは溜まらず呻きを上げた。
「我慢しろ」
ズデンカはごしごしと強く塗りつけた。これまでルナが体調を崩したときはいつもズデンカが看病してやっていたが何度やっても力を出しすぎてしまう気がする。
「グギギギギギ!」
ルナは歯を食い縛って痛みに耐えていた。
包帯でしっかり縛り、ルナにアヘンチンキを飲ませた。
ルナは口をすぼめて苦そうにした。
「ちゃんと寝とけよ」
ズデンカは厳命した。
「うーん!」
渋い顔をしてルナは布団を被った。
「もう良いからお前は外に出てろ」
ズデンカはカミーユに告げた。
「はい、でもその前に……」
「どうした?」
言うなりカミーユはぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございました」
「あたしらに感謝されるような筋合いはねえよ」
ズデンカは内心戸惑ったが冷たく言った。
「いえ、あなたがたが守って下されていなければ……あんな恐ろしい場所できっと命を落としていたことでしょう」
「守り切れなかった」
ルナの頭が擡げた布団から覗き、ぽつんと言った。悲しそうな様子が見えた。
死んでいったデュレンマット市民や団員たちのことを考えているのだろう。
「馬鹿言え! あたしにはな、別にお前を守ったつもりはねえぞ。単に逃げる道を確保したかっただけだ」
ズデンカは叫んだ。思わず怒鳴り声混じりになっていた。ルナが暗くなった原因はカミーユではないとわかっていても、八つ当たりをしたい気分になってしまっていた。
「そ、それでは! おやすみなさいませ」
そそくさとカミーユは出ていった。ドアを閉め自分の部屋に下がっていく。
「気にするなよ。お前はただ今日を生き延びただけだ」
ズデンカは言った。
「ああ」
ルナは答えた。そしてまた布団の中へと潜り込んだ。
鼾が聞こえてくるまで時間は掛からなかった。
「眠ったか」
ズデンカは窓辺の椅子に足を組んで坐った。
そのまま外が明るくなるまでずっと。
ズデンカはなお攻撃的な態度を崩さなかった。
「『月の隊商』団員のカミーユと申します。逃げる時は大勢でしたのでご記憶には残っていないかも知れませんね。バルトルシャイティスさんから、男が届けてはお気に障るでしょうから、私が代わりにと言われて」
「そうか。……いたか?」
ズデンカはしばし考えた。短期記憶はそこまで悪くないと思っていたのに、顔を覚えられていなかったとは。
――これじゃあルナを害しようと近付いてくるやつを見分けられない。
自分で自分を撲りたい気分だった。
――逆にこいつも刺客のなりすましかもしれんぞ。
相手の顔を食い入るように眺めた。
そこには怯えの影が過ぎるばかりで、襲いかかってきそうな様子は見えない。
どんなに訓練された暗殺者だろうとズデンカの動体視力には叶わないので、反撃の用意は固めながら取り敢えず中に上げることにした。
カミーユは手に瓶を幾つか入れたお盆を持っていた。
「何だこれは」
「消毒液や包帯にアヘンチンキ、あと狂犬病のお薬なんかもあります。念には念を入れろというバルトルシャイティスさんからのお達しでして」
「貸せ」
ズデンカはお盆をひったくった。
毒が盛られているかも知れないという危惧はあったが、そうも言っていられない。何しろズデンカは血以外に対する嗅覚も味覚も鈍く、臭いを嗅いで毒かそうでないか判別するのは難しいのだ。
「おい、起きてるだろ」
目を瞑っているルナに声を掛ける。
「ふうむ」
ルナは片目だけ器用に開けた。
「薬の時間だ」
無理にシャツを脱がせた。
まずお盆の中に置いてあった綿に消毒液を垂らして傷口をさっと拭く。
「イツッ!」
ルナは溜まらず呻きを上げた。
「我慢しろ」
ズデンカはごしごしと強く塗りつけた。これまでルナが体調を崩したときはいつもズデンカが看病してやっていたが何度やっても力を出しすぎてしまう気がする。
「グギギギギギ!」
ルナは歯を食い縛って痛みに耐えていた。
包帯でしっかり縛り、ルナにアヘンチンキを飲ませた。
ルナは口をすぼめて苦そうにした。
「ちゃんと寝とけよ」
ズデンカは厳命した。
「うーん!」
渋い顔をしてルナは布団を被った。
「もう良いからお前は外に出てろ」
ズデンカはカミーユに告げた。
「はい、でもその前に……」
「どうした?」
言うなりカミーユはぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございました」
「あたしらに感謝されるような筋合いはねえよ」
ズデンカは内心戸惑ったが冷たく言った。
「いえ、あなたがたが守って下されていなければ……あんな恐ろしい場所できっと命を落としていたことでしょう」
「守り切れなかった」
ルナの頭が擡げた布団から覗き、ぽつんと言った。悲しそうな様子が見えた。
死んでいったデュレンマット市民や団員たちのことを考えているのだろう。
「馬鹿言え! あたしにはな、別にお前を守ったつもりはねえぞ。単に逃げる道を確保したかっただけだ」
ズデンカは叫んだ。思わず怒鳴り声混じりになっていた。ルナが暗くなった原因はカミーユではないとわかっていても、八つ当たりをしたい気分になってしまっていた。
「そ、それでは! おやすみなさいませ」
そそくさとカミーユは出ていった。ドアを閉め自分の部屋に下がっていく。
「気にするなよ。お前はただ今日を生き延びただけだ」
ズデンカは言った。
「ああ」
ルナは答えた。そしてまた布団の中へと潜り込んだ。
鼾が聞こえてくるまで時間は掛からなかった。
「眠ったか」
ズデンカは窓辺の椅子に足を組んで坐った。
そのまま外が明るくなるまでずっと。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
神様のミスで女に転生したようです
結城はる
ファンタジー
34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。
いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。
目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。
美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい
死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。
気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。
ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。
え……。
神様、私女になってるんですけどーーーー!!!
小説家になろうでも掲載しています。
URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
さくらと遥香
youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。
さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。
◆あらすじ
さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。
さくらは"さくちゃん"、
遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。
同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。
ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。
同期、仲間、戦友、コンビ。
2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。
そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。
イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。
配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。
さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。
2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。
遥香の力になりたいさくらは、
「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」
と申し出る。
そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて…
◆章構成と主な展開
・46時間TV編[完結]
(初キス、告白、両想い)
・付き合い始めた2人編[完結]
(交際スタート、グループ内での距離感の変化)
・かっきー1st写真集編[完結]
(少し大人なキス、肌と肌の触れ合い)
・お泊まり温泉旅行編[完結]
(お風呂、もう少し大人な関係へ)
・かっきー2回目のセンター編[完結]
(かっきーの誕生日お祝い)
・飛鳥さん卒コン編[完結]
(大好きな先輩に2人の関係を伝える)
・さくら1st写真集編[完結]
(お風呂で♡♡)
・Wセンター編[不定期更新中]
※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる