239 / 526
第一部
第二十三話 犬狼都市(11)
しおりを挟む
二階建てだった。上がどうやら宿屋になっているようだ。
草木も生い繁る中で、ここまで賑やかとは、あえて繰り返し来る客が多くいると言うことだろう。
ルナははぁと息を吐いた。
マントがずり落ちて、風の中に溶け消えていく。
ズデンカはルナに寄り添って、扉を開けて中に入った。
周りの客たちが一斉に振り返って見た。
ほとんどが男だ。
ズデンカは素早くルナの外套を脱がせて顔に被せた。ズデンカは一度もそう思ったことはないが、ルナの顔立ちは美しく、男の心を惹くらしい。
――目に留められては厄介だからな。
ズデンカは階段をいち早く登った。
今前を通った二人連れについてあることないことを語っている者は多かったが、後からバルトルシャイティスが入ってきたので、其方に話しが移り、忘れられたようだった。
――扉はきっちり閉めて、絶対にルナ一人にしないようにしなきゃな。
ズデンカは心の中で固く思った。
部屋に入ると外套を取りフロックコートを脱がせ、ルナを寝かせる。
怖々シャツを脱がせると、爪痕がわずかに皮膚を抉っていただけで、思ったよりも深手ではないと安心した。
だが、それより心配なのは咳だ。
「ごほっ、ごほっ」
喘息が再発したのか、ルナは咳を繰り返していた。
大丈夫かと聞いてもオウム返しするだけなので、ちゃんと枕を当ててやり、頭の位置を高くして額に手をやった。
熱はない。
これをやるのはしばらくぶりだ。ズデンカは不死者で身体が常に冷たいからこそ、ルナの発熱はよくわかる。
ひやっとしてルナがわずかに顔を顰めていた。
「無理するお前は馬鹿だ」
ズデンカは思っていることを一息に言った。
「わたしはただ……ごほっ」
ルナは咳で話し止めた。
「もうここからは二度と出るな。あたしは何日だって付き合う」
「二度とって……」
ルナは不満そうだった。好奇心旺盛なので一秒たりともじっとしていられない性分だ。何かあれば外に出ていってしまう。意地でもズデンカはそれを押さえ続ける覚悟だった。
「ここだって、完全に防備不足なんだがな」
と言ってズデンカは窓辺まで歩いていきカーテンをぴっしりと締めた。
ベッドは窓から離れているので、遠くから銃弾でルナをすぐに殺せはしないだろう。それでもズデンカは心配だった。
椅子を置いて、窓ガラスを背後に坐った。
下はまだ騒がしい、ルナの安静を妨げるなら脅して黙らせたかった。
いや、本当は包帯や消毒剤を取りに降りたいのだ。だが少しでも目を離すとルナは何をするかわからない。
少なくと今のズデンカはそう考えていた。
「そんな、狙撃でもされるわけじゃなし」
「……」
ズデンカは黙った。本当はブレヒトか誰かがルナを銃で狙い続けることを言いたかった。
「少なくとも、今日は休め」
ズデンカは命令口調で言った。
「はいはい、わかったよ。今日はわたしも疲れたし」
ルナはあともぶつぶつと呟いていたが、やがて布団を被り押し黙った。
十分もせずに、すやすやいびきを掻きはじめた。
「寝入ったか?」
――眠ったふりをするぐらいの狡猾さはある。
ズデンカはなかなかルナを信用しない。
いや、信用しているからこその信用しなさなのだ。
――自分でも訳がわからんが。
そこにノックの音が。
「誰だ?」
「お届け物です」
女の声だ。
「あ?」
荒く答えると相手は怯えたようにあたふたとしていた。
「ばっ、バルトルシャイティスさまから、お届け物です」
ズデンカは静かに立ち上がって、ドアを細めに開けた。襲撃される可能性もありえるからだ。
そこにいたのは、金の髪――ルナと同じだ――を持つ、小柄な娘だった。
草木も生い繁る中で、ここまで賑やかとは、あえて繰り返し来る客が多くいると言うことだろう。
ルナははぁと息を吐いた。
マントがずり落ちて、風の中に溶け消えていく。
ズデンカはルナに寄り添って、扉を開けて中に入った。
周りの客たちが一斉に振り返って見た。
ほとんどが男だ。
ズデンカは素早くルナの外套を脱がせて顔に被せた。ズデンカは一度もそう思ったことはないが、ルナの顔立ちは美しく、男の心を惹くらしい。
――目に留められては厄介だからな。
ズデンカは階段をいち早く登った。
今前を通った二人連れについてあることないことを語っている者は多かったが、後からバルトルシャイティスが入ってきたので、其方に話しが移り、忘れられたようだった。
――扉はきっちり閉めて、絶対にルナ一人にしないようにしなきゃな。
ズデンカは心の中で固く思った。
部屋に入ると外套を取りフロックコートを脱がせ、ルナを寝かせる。
怖々シャツを脱がせると、爪痕がわずかに皮膚を抉っていただけで、思ったよりも深手ではないと安心した。
だが、それより心配なのは咳だ。
「ごほっ、ごほっ」
喘息が再発したのか、ルナは咳を繰り返していた。
大丈夫かと聞いてもオウム返しするだけなので、ちゃんと枕を当ててやり、頭の位置を高くして額に手をやった。
熱はない。
これをやるのはしばらくぶりだ。ズデンカは不死者で身体が常に冷たいからこそ、ルナの発熱はよくわかる。
ひやっとしてルナがわずかに顔を顰めていた。
「無理するお前は馬鹿だ」
ズデンカは思っていることを一息に言った。
「わたしはただ……ごほっ」
ルナは咳で話し止めた。
「もうここからは二度と出るな。あたしは何日だって付き合う」
「二度とって……」
ルナは不満そうだった。好奇心旺盛なので一秒たりともじっとしていられない性分だ。何かあれば外に出ていってしまう。意地でもズデンカはそれを押さえ続ける覚悟だった。
「ここだって、完全に防備不足なんだがな」
と言ってズデンカは窓辺まで歩いていきカーテンをぴっしりと締めた。
ベッドは窓から離れているので、遠くから銃弾でルナをすぐに殺せはしないだろう。それでもズデンカは心配だった。
椅子を置いて、窓ガラスを背後に坐った。
下はまだ騒がしい、ルナの安静を妨げるなら脅して黙らせたかった。
いや、本当は包帯や消毒剤を取りに降りたいのだ。だが少しでも目を離すとルナは何をするかわからない。
少なくと今のズデンカはそう考えていた。
「そんな、狙撃でもされるわけじゃなし」
「……」
ズデンカは黙った。本当はブレヒトか誰かがルナを銃で狙い続けることを言いたかった。
「少なくとも、今日は休め」
ズデンカは命令口調で言った。
「はいはい、わかったよ。今日はわたしも疲れたし」
ルナはあともぶつぶつと呟いていたが、やがて布団を被り押し黙った。
十分もせずに、すやすやいびきを掻きはじめた。
「寝入ったか?」
――眠ったふりをするぐらいの狡猾さはある。
ズデンカはなかなかルナを信用しない。
いや、信用しているからこその信用しなさなのだ。
――自分でも訳がわからんが。
そこにノックの音が。
「誰だ?」
「お届け物です」
女の声だ。
「あ?」
荒く答えると相手は怯えたようにあたふたとしていた。
「ばっ、バルトルシャイティスさまから、お届け物です」
ズデンカは静かに立ち上がって、ドアを細めに開けた。襲撃される可能性もありえるからだ。
そこにいたのは、金の髪――ルナと同じだ――を持つ、小柄な娘だった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
さくらと遥香
youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。
さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。
◆あらすじ
さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。
さくらは"さくちゃん"、
遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。
同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。
ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。
同期、仲間、戦友、コンビ。
2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。
そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。
イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。
配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。
さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。
2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。
遥香の力になりたいさくらは、
「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」
と申し出る。
そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて…
◆章構成と主な展開
・46時間TV編[完結]
(初キス、告白、両想い)
・付き合い始めた2人編[完結]
(交際スタート、グループ内での距離感の変化)
・かっきー1st写真集編[完結]
(少し大人なキス、肌と肌の触れ合い)
・お泊まり温泉旅行編[完結]
(お風呂、もう少し大人な関係へ)
・かっきー2回目のセンター編[完結]
(かっきーの誕生日お祝い)
・飛鳥さん卒コン編[完結]
(大好きな先輩に2人の関係を伝える)
・さくら1st写真集編[完結]
(お風呂で♡♡)
・Wセンター編[不定期更新中]
※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる