235 / 526
第一部
第二十三話 犬狼都市(7)
しおりを挟む
テントの中にいた時よりも膂力《りょりょく》増し、激しい勢いでぶつかってくる。
ズデンカは素早く両腕を振り回して対応するが、犬たちの数は無数だ。見る見るうちに取り巻かれていく。
ルナの雷撃が再び落ちた。目の前は赤く燃え、犬の肉が焼ける音が聞こえた。
コワコフスキは姿を消していた。
――何か他に目的があるのか。
ともあれ、どこからか襲ってくるかわかからないのはズデンカとは言え厄介に感じた。
身体は血まみれになる、肌すら見えないほど紅く、黒く染まっていた。
内臓を引き出し、骨を断ち、髄を裂くことが癖になる。
犬の喉に齧《かぶ》りつき、血を啜った。やたらと塩辛いその味が美味しく感じられた。
ズデンカは自分を機械のように思い始めていた。
――人間からすりゃおかしな状態だろうが、不死者であるあたしはむしろ尋常へ還りつつあるのか?
「大丈夫?」
その様子にルナまで驚いて声を掛けてくる。
「止められるかよ」
ズデンカは短く答えた。
百匹あまり屠っただろうか。遺骸の山が積み重なった。
たくさんいたサーカス団員や観客の数も少なくなっている。ルナの作る牆壁の中に入り込んだ者だけが生きていた。
「ふう」
ルナは帽子を取り、額に落ち掛かる汗を拭いた。
――まずい。そろそろ牆壁が崩れる。
犬の数は尽きない。
千匹、いや万匹。
路上には足の踏み場もないほど群れている。中には家へ押し入り、窓を破って血まみれの頭を覗かせているやつもいた。
でも、他に逃げるところはなく、街の人々は家の中に籠もるしか、術がないのだ。
「ルナ、走り抜けるぞ!」
ズデンカはさけんだ。
「わかった」
手を繋ぎ、二人揃って動く。
「座長も早く!」
バルトルシャイティスも後ろに続く。
牆壁を作っている部分だけが犬の大群の中で台風の目のように石畳を覗かせている。その中を僅かに残った人々と手を繋いだ二人は歩いた。
犬によって支配された都市の空気は、酷く澱んでいた。
頭蓋の骨を見せた象の死骸が横たわっていた。その周りにはただ蝿だけが元気よく群がっている。
「どこに逃げたらいい?」
ズデンカは訊いた。
「流石に街の外へ出てしまえば追ってこないだろう。このまま突っ切ろう」
ルナは答えた。
このまま一直線に進めば入り口の門――あの殺されるアモスの息子たちが彫られた門へ辿り着く。
「ごほっ! ごほっ!」
ルナが大きく咳をした。ルナは前、昔喘息だったことがあると語っていた。
「おい、大丈夫か」
「だい……ごほっ」
犬が一匹、牆壁を擦り抜けて入り込んできた。ズデンカは蹴り上げて外へはじき飛ばす。
――まずい。このままじゃ。
ズデンカ本人は良いとして、ルナの命はないだろう。
――どうしようもなくなったら、いっそルナを不死者にすれば……。
そんな考えが頭を過ぎる。
咳をしながらもルナは走り続けた。座長を始め後ろに続く人々にも疲れの色が見えていた。
あまりに後尾に取り残された者たちへ犬たちは情け容赦なく食らいついていく。
「どうした、ルナ・ペルッツ! ここで終わりか?」
どこからか声が響いてきた。
コワコフスキのものだ。
「お前! どこにいる?」
ズデンカは叫んだ。
「俺の『異形の犬』は単に犬を操れるだけじゃないぜ」
それには応えず、コワコフスキは大声を張り上げた。
また一匹の犬が飛びかかっていた。なんとその額からは鋭く尖った刃のようなものが突き出していた。
「犬を使役し、その姿まで自在に変えることが出来る」
その言葉とともに羽搏《ばた》きの音が起こった。
ズデンカは素早く両腕を振り回して対応するが、犬たちの数は無数だ。見る見るうちに取り巻かれていく。
ルナの雷撃が再び落ちた。目の前は赤く燃え、犬の肉が焼ける音が聞こえた。
コワコフスキは姿を消していた。
――何か他に目的があるのか。
ともあれ、どこからか襲ってくるかわかからないのはズデンカとは言え厄介に感じた。
身体は血まみれになる、肌すら見えないほど紅く、黒く染まっていた。
内臓を引き出し、骨を断ち、髄を裂くことが癖になる。
犬の喉に齧《かぶ》りつき、血を啜った。やたらと塩辛いその味が美味しく感じられた。
ズデンカは自分を機械のように思い始めていた。
――人間からすりゃおかしな状態だろうが、不死者であるあたしはむしろ尋常へ還りつつあるのか?
「大丈夫?」
その様子にルナまで驚いて声を掛けてくる。
「止められるかよ」
ズデンカは短く答えた。
百匹あまり屠っただろうか。遺骸の山が積み重なった。
たくさんいたサーカス団員や観客の数も少なくなっている。ルナの作る牆壁の中に入り込んだ者だけが生きていた。
「ふう」
ルナは帽子を取り、額に落ち掛かる汗を拭いた。
――まずい。そろそろ牆壁が崩れる。
犬の数は尽きない。
千匹、いや万匹。
路上には足の踏み場もないほど群れている。中には家へ押し入り、窓を破って血まみれの頭を覗かせているやつもいた。
でも、他に逃げるところはなく、街の人々は家の中に籠もるしか、術がないのだ。
「ルナ、走り抜けるぞ!」
ズデンカはさけんだ。
「わかった」
手を繋ぎ、二人揃って動く。
「座長も早く!」
バルトルシャイティスも後ろに続く。
牆壁を作っている部分だけが犬の大群の中で台風の目のように石畳を覗かせている。その中を僅かに残った人々と手を繋いだ二人は歩いた。
犬によって支配された都市の空気は、酷く澱んでいた。
頭蓋の骨を見せた象の死骸が横たわっていた。その周りにはただ蝿だけが元気よく群がっている。
「どこに逃げたらいい?」
ズデンカは訊いた。
「流石に街の外へ出てしまえば追ってこないだろう。このまま突っ切ろう」
ルナは答えた。
このまま一直線に進めば入り口の門――あの殺されるアモスの息子たちが彫られた門へ辿り着く。
「ごほっ! ごほっ!」
ルナが大きく咳をした。ルナは前、昔喘息だったことがあると語っていた。
「おい、大丈夫か」
「だい……ごほっ」
犬が一匹、牆壁を擦り抜けて入り込んできた。ズデンカは蹴り上げて外へはじき飛ばす。
――まずい。このままじゃ。
ズデンカ本人は良いとして、ルナの命はないだろう。
――どうしようもなくなったら、いっそルナを不死者にすれば……。
そんな考えが頭を過ぎる。
咳をしながらもルナは走り続けた。座長を始め後ろに続く人々にも疲れの色が見えていた。
あまりに後尾に取り残された者たちへ犬たちは情け容赦なく食らいついていく。
「どうした、ルナ・ペルッツ! ここで終わりか?」
どこからか声が響いてきた。
コワコフスキのものだ。
「お前! どこにいる?」
ズデンカは叫んだ。
「俺の『異形の犬』は単に犬を操れるだけじゃないぜ」
それには応えず、コワコフスキは大声を張り上げた。
また一匹の犬が飛びかかっていた。なんとその額からは鋭く尖った刃のようなものが突き出していた。
「犬を使役し、その姿まで自在に変えることが出来る」
その言葉とともに羽搏《ばた》きの音が起こった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
【お天気】スキルを馬鹿にされ追放された公爵令嬢。砂漠に雨を降らし美少女メイドと甘いスローライフ~干ばつだから助けてくれって言われてももう遅い
月城 友麻
ファンタジー
公爵令嬢に転生したオディールが得たのは【お天気】スキル。それは天候を操れるチートスキルだったが、王族にはふさわしくないと馬鹿にされ、王子から婚約破棄されて追放される。
元々サラリーマンだったオディールは、窮屈な貴族社会にウンザリしていたので、これ幸いと美少女メイドと共に旅に出た。
倒したドラゴンを従えて、広大な砂漠を越えていくオディールだったが、ここに自分たちの街を作ろうとひらめく。
砂漠に【お天気】スキルで雨を降らし、メイドの土魔法で建物を建て、畑を耕し、砂漠は素敵な村へと変わっていく。
うわさを聞き付けた移民者が次々とやってきて、村はやがて花咲き乱れる砂漠の街へと育っていった。
その頃追放した王国では日照りが続き、オディールに頼るべきだとの声が上がる。だが、追放した小娘になど頼れない王子は悪どい手段でオディールに魔の手を伸ばしていく……。
女神に愛された転生令嬢とメイドのスローライフ? お楽しみください。
召喚されたら【忌み子】でした。〜処刑から逃げ出して仲間と神探しの旅に出ています探さないでください〜
クリオネ
ファンタジー
突然召喚されたら【忌み子】と言われ処刑されかけましたが、なんとか逃げきりました。私の名前はつけられていなく、自分でディルレッドと名乗ることにしました。そこから仲間に恵まれ、神探しの旅に出ることにしました。どうか【忌み子】だからといって血眼で探すようなことはしないでください。
【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!
つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。
冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。
全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。
巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)
@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」
このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。
「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。
男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。
「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。
青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。
ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。
「カクヨム」さんが先行投稿になります。
ゴミスキルでもたくさん集めればチートになるのかもしれない
兎屋亀吉
ファンタジー
底辺冒険者クロードは転生者である。しかしチートはなにひとつ持たない。だが救いがないわけじゃなかった。その世界にはスキルと呼ばれる力を後天的に手に入れる手段があったのだ。迷宮の宝箱から出るスキルオーブ。それがあればスキル無双できると知ったクロードはチートスキルを手に入れるために、今日も薬草を摘むのであった。
女子力の高い僕は異世界でお菓子屋さんになりました
初昔 茶ノ介
ファンタジー
昔から低身長、童顔、お料理上手、家がお菓子屋さん、etc.と女子力満載の高校2年の冬樹 幸(ふゆき ゆき)は男子なのに周りからのヒロインのような扱いに日々悩んでいた。
ある日、学校の帰りに道に悩んでいるおばあさんを助けると、そのおばあさんはただのおばあさんではなく女神様だった。
冗談半分で言ったことを叶えると言い出し、目が覚めた先は見覚えのない森の中で…。
のんびり書いていきたいと思います。
よければ感想等お願いします。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる