月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第二十二話 ピストルの使い方(8)

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 白樺の枝に黒い影が踞っていた。

 ズデンカは幹を這い登る。

――逃げるんじゃねえぞ。

 黒い影は鳴きながら大きく胸を叩いた。

 夕陽を照らし付けて、その毛並みは赫《あか》く輝く。

 だが何より輝くのは。

 手に握られた金の拳銃《ピストル》だ。

――こいつは、猿か。

 その面を一瞥して、ズデンカは思った。

 頭の中にある図鑑を閲して、似た姿の獣を探す。

――ああ、オランウータンか。

 この地域だと滅多にお目に掛かれない動物だ。

――そいつが、どうして。

 色々考えながらズデンカは、猿の枝の向かい側にそろりそろりと移動して腰を落とした。

 睨み合う。

 オラウータンは鋭い吼え声を上げ続けながら手を動かしカチャカチャと拳銃を鳴らした。

 とは言え、ズデンカには撃たれることを気にする必要も暇もない。

 ズデンカは枝を飛び移ってオランウータンの身体にしがみついた。

 猿はわめきながら銃をもう一回打っ放した。ズデンカの肘が弾け飛んだがすぐに修復する。

「いい加減にしろよっ!」

 猿の頭を枝の間に押し付けた。弾みで両者共に落ちる。

 ズデンカは巧みに着地したが、オランウータンは手足をぶつけてのたうち回った。

 殺すわけにもいかず、ズデンカはピストルを取り上げると、オランウータンの首根っこを掴んで引きずっていった。

「意外に重いな」

 不死者のズデンカは重荷もそれほど気にならない方だが、それでも嫌になるぐらいの重量を感じた。

 事実、猿を運んだ道が僅かにへこんでいるほどだった。

 オランウータンは目を剥きだしにしたまま固まっていた。息はあるようなので、落ちた衝撃で気絶したのだろう。

 元いた場所に帰り着くと、ルナは拍手で出迎えた。

「ブラヴォ! ブラヴォ!」

 ズデンカはイラッときた。

「ぶらぼじゃねえよ。こっちがさんざん苦労してるのに何だお前は」

「まあまあ、それはオランウータンだよね。なるほど納得できた」

 ルナが知った顔をするので、ズデンカは驚いた。

「どういうことだ? まさかお前、力を使って……」

――だとしたら撲ってやる。あたしのこれまでの努力は一体何だったんだ。

「いやいや、わたしが使ったのはこれさ」

 と言ってどこからか新聞を取り出した。今日のものだ。

「そんなものをどう使うんだ?」

 ズデンカは訳がわからなかった。

「単に読んだんだよ。ほら、ここ見てごらん。『月の隊商』団にて飼育されたる猩猩《オランウータン》脱走したり。手先器用にして舞台上にて道具を巧みに用いしが、かねてより気性暴戻ぼうれいに過ぎ、団員皆々扱いに心苦致しおり云々、と」

「はあ、こいつがそうなのか?」

「だってラミュにオランウータンはいないよ。じょーしき、じょうーしき」

 ズデンカは煙をぷかぷか吹かしながら顔を近づけてくるルナの顔を張り倒してやろうかと思った。

「これにて一件落着でよかったじゃないですか」

 ルナはズデンカのメイド服の前掛けに手を突っ込んでピストルを取り出していた。

「これ、どうします? 持ち主が死んじゃったんですけど」

 と言ってリュシアンとジュスティーヌの所ヘ歩いていった。

 二人は怯えきっていた。

「そっ、そんなものいりません! どこへなりと持っていってください」

 声を揃えての返事だった。

「じゃあ、わたしが頂きます」

 と言っていつの間にかギイの屍体から剥ぎ取って腰に巻いたホルスターにピストルを入れた。

「よくそんなもん使えるな」

 ズデンカは呆れた。

「ずっと欲しかったんだよ。そしたら手に入った、こんな素晴らしいことはない」

 ルナはにんまりとしてピストルを叩いた。

「お前は不器用だから暴発させて死ぬかもな」

「そこまで不器用じゃないよ」

 ルナは笑いながら、リュシアンとジュスティーヌのところへ戻った。

「お二人はどうします? せっかくオランウータンを捕まえたんだ。これを土産に『月の隊商』へ持っていけば褒美に一生無料チケットとか貰えるかも知れませんよ?」

「けっ、結構です!」

 二人はまた声を揃えた。

「お仲がよろしいことで。これから念願の二人旅をお楽しみください」

 ルナはウインクした。
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