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第一部

第二十二話 ピストルの使い方(2)

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 中にいたのは三人の男女だった。

 二人は丸椅子を囲んで、一人は隅の方に控えている。

 皆ガタンと勢いよく立ち上がり、ビックリした顔でズデンカを見る。

 いずれも若かった。

「お前らは何者だ?」 

 ズデンカは声にドスを利かせて問うた。舐められてはいけないと思ったからだ。

「たっ、ただの大学生です……卒業旅行として、皆トゥールーズからやってきました」

 隅で縮こまっていた男が震えながら言った。

――ああ、もう春だしな。

 とズデンカは内心では納得したが、表情は変えずに尋問を続けた。

「名前は?」

「僕はリュシアンです」

 と震えていた男は言った。

「じゃあそっちの背の高い奴は?」

 とズデンカが指差した一人前に髭を生やした男は最初は驚いたものの、ズデンカを睨み付けていた。

「彼はギイ」

 リュシアンは気弱く言った。

「お前こそいきなりなんだ? クソメイドが」

 ギイは喧嘩腰だった。

「クソは余計だ。盗賊の類いかと疑ったものでな」

「わたしはジュスティーヌです。よろしく」

 赤毛の小柄な女が手を上げた。

「まあよろしく。あたしらも旅の道中だ」

 ズデンカはやっと笑顔を浮かべて挨拶した。

「『ら』と言うことは他にいるのか?」

 ギイが詰問する。

「はい、はじめまして。わたしはルナ・ペルッツ」

 ルナがゆらゆら揺れながら傍に立っていた。まだ、息遣いは荒い。

 ズデンカは不安そうに見やった。

「え。あの有名なペルッツさま」

 ジュスティーヌはビックリして声を上げていた。

 リュシアンも驚いているようだった。ギイは忌々しげに睨むだけだったが。

「さほどでもないですよ。ちょっと疲れてましてね。横になりたいな」

「あ、ベッドは使ってませんのでぜひ」

 ジュスティーヌが案内する。

 ズデンカに肩を借りてルナは歩いた。

「疲れた」

 ルナは咳をして横になった。

「そりゃ名前こそ有名なのはわかるけどよ。先にこの小屋に来たのは俺たちだ」

 ギイは腕を組んだ。

「お前らだけの貸し切りじゃねえだろう」

 ズデンカは睨んだ。

 二人の間に険悪な雰囲気が漂う。

「まあまあ、二人とも」

 リュシアンは割り込んだ。

「多分長くはいらっしゃらないだろうし、仲良くしようよ」

 ジュスティーヌも朗らかに言った。

「むう」

 と言ってギイは椅子に坐った。

「だが、俺にはこれがある」

 と言って腰に巻いたホルスターから金色の拳銃《ピストル》を引き抜いた。

「ほう。ボーヴ社製ですね。最近、銃マニアの間で話題になった新作だ。お手頃な値段なのに、使い勝手が良い。わたしもぜひ欲しかったんですよ、それ」

 ルナは枕を腋に挟んで横たわりながら言った。

「さすがペルッツさまはご存じだな。これで心臓を撃てばお前もイチコロだ」

 とふざけた口調でピストルをルナへ向けた。

 瞬時にズデンカは動いて、ギイの腕を乱暴に掴んで背中に回し、顔を椅子に押し付けていた。

「いいか。もう一度それをルナに向けて見ろ。殺すぞ」

 本気だった。

「わっ、わかったよ」

 ズデンカは手を離した。
    
 ギイは不満そうにピストルをホルスターに戻した。

 ルナは気にせずにのほほんとしていた。

「まあ、それは良いとして! 旅の目的を話しましょう。卒業旅行ってのはさっきリュシアンが話しましたけど! 私たちサーカスを見にここに来てるんですよ」

 焦りながらジュスティーヌが説明した。

「サーカスですか。ああ、そう言えば月の隊商キャラバン・ド・ラ・ルナとかいう変な名前のサーカス団が、ラミュに巡回中なんですよねー」

 ルナは微笑んだ。
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