214 / 526
第一部
第二十一話 永代保有(4)
しおりを挟む
「訊いてみたい」
フランツは強く言った。
「じゃあ、服が乾くまで待って」
メルセデスは呆れながら答えた。
一時間ぐらいメルセデスと会話を続けて、残らず乾くのを待った。
外から道路を続けざまに打つ雨滴の音が聞こえる。
――まだ止まないのか。
フランツはうんざりした。
メルセデスはこの街で生まれ育って大きくなったと言う。
「外に出てみたりしないのか?」
フランツは訊いてみた。若干意地悪さを籠めて。
「仕入れの関係で何度か旅したぐらいだよ。ブニュエルの方とかに。でもお祖父ちゃんも病気だし、長くは居れなかったね」
サバサバとメルセデスは答えた。
「こんな辺鄙な街にいたら行き遅れるぞ」
薄ら笑みを浮かべながらフランツは言った。
「付き合って人いたけどね、でも結婚は止めにした」
メルセデスはにやりとした。
フランツは一瞬虚を突かれながら、
「なぜだ? 楽に暮らせるだろ」
「この店を畳めって言われたからね。爺ちゃんいるし、あたしにとっての一番の財産を捨てるわけにはいかないよ」
「馬鹿なことを」
「馬鹿じゃないよ。あたしの譲れないところだ」
大きな声でメルセデスは笑った。
「はぁ……」
フランツは頭を掻いた。
「フランツは今後のこと何か決めてるの?」
「旅を続ける……」
「何の目的で?」
メルセデスは知りたそうだった。
「それは言えない」
フランツは冷たく言った。
「何だよフランツ。こっちには喋らせてといてさ」
――すっかり友達扱いか。
フランツは居心地が悪く感じた。
「話したらお前はきっと後悔するぞ」
普段ならずっと黙り通しておくものだが、ついついフランツは喋ってしまった。
だが、こればかりは明かすことが出来ない。
「何それ。ますます気になる」
「最悪死ぬかもわからんぞ」
「あたしはいつ死ぬ覚悟も出来てるよ。さあ、教えなって」
「祖父さんがいるだろ、お前には」
「あ」
今度はメルセデスが虚を突かれたように口を押さえた。
「……ホントにやばいんだ」
ややあって声を落として訊いてきた。
「ああ」
「じゃあ、今回はなしってことで」
「賢明な判断だな」
フランツは指を合わせ、その上に顎を置いた。
「……もう乾いたかな?」
話題を変えるかのようにメルセデスは立ち上がり、吊られた背広を触ってみた。
「うん、十分だね」
メルセデスはフランツを立たせて襯衣と背広を着せた。
フランツはもうすっかりストーヴにあたりすぎて身体のあちこちが痒くなってきたところだったので、素直に従った。
思えばフランツは人からこう言う風に着せてもらったことがない。旅先でもオドラデクは勝手気ままだったし、服の縒れなどは自分が整えてやる方だった。
幼い頃から母親がおらず、何でも独りでこなしてきたからだろうか。
背広を羽織ると、メルセデスに向かって言った。
「さあ、案内して貰おうか」
「はいはい」
うんざりして立ち上がった。
メルセデスの後ろに従って歩いていく。店は余り狭くない。幾つかの小さな部屋に通じる暗い廊下があるだけだ。
一番奥の部屋の扉の前までいくと、か細い咳込む声が聞こえて来た。
老人のものだ。
「爺ちゃん、会いたい人がいるって」
メルセデスが小さく言った。
返事はなかった。
「入るね?」
メルセデスは心配そうに言って扉を開けた。
七十はいっているだろう老人がベッドで身を縮こまらせながら横たわっていた。
フランツは強く言った。
「じゃあ、服が乾くまで待って」
メルセデスは呆れながら答えた。
一時間ぐらいメルセデスと会話を続けて、残らず乾くのを待った。
外から道路を続けざまに打つ雨滴の音が聞こえる。
――まだ止まないのか。
フランツはうんざりした。
メルセデスはこの街で生まれ育って大きくなったと言う。
「外に出てみたりしないのか?」
フランツは訊いてみた。若干意地悪さを籠めて。
「仕入れの関係で何度か旅したぐらいだよ。ブニュエルの方とかに。でもお祖父ちゃんも病気だし、長くは居れなかったね」
サバサバとメルセデスは答えた。
「こんな辺鄙な街にいたら行き遅れるぞ」
薄ら笑みを浮かべながらフランツは言った。
「付き合って人いたけどね、でも結婚は止めにした」
メルセデスはにやりとした。
フランツは一瞬虚を突かれながら、
「なぜだ? 楽に暮らせるだろ」
「この店を畳めって言われたからね。爺ちゃんいるし、あたしにとっての一番の財産を捨てるわけにはいかないよ」
「馬鹿なことを」
「馬鹿じゃないよ。あたしの譲れないところだ」
大きな声でメルセデスは笑った。
「はぁ……」
フランツは頭を掻いた。
「フランツは今後のこと何か決めてるの?」
「旅を続ける……」
「何の目的で?」
メルセデスは知りたそうだった。
「それは言えない」
フランツは冷たく言った。
「何だよフランツ。こっちには喋らせてといてさ」
――すっかり友達扱いか。
フランツは居心地が悪く感じた。
「話したらお前はきっと後悔するぞ」
普段ならずっと黙り通しておくものだが、ついついフランツは喋ってしまった。
だが、こればかりは明かすことが出来ない。
「何それ。ますます気になる」
「最悪死ぬかもわからんぞ」
「あたしはいつ死ぬ覚悟も出来てるよ。さあ、教えなって」
「祖父さんがいるだろ、お前には」
「あ」
今度はメルセデスが虚を突かれたように口を押さえた。
「……ホントにやばいんだ」
ややあって声を落として訊いてきた。
「ああ」
「じゃあ、今回はなしってことで」
「賢明な判断だな」
フランツは指を合わせ、その上に顎を置いた。
「……もう乾いたかな?」
話題を変えるかのようにメルセデスは立ち上がり、吊られた背広を触ってみた。
「うん、十分だね」
メルセデスはフランツを立たせて襯衣と背広を着せた。
フランツはもうすっかりストーヴにあたりすぎて身体のあちこちが痒くなってきたところだったので、素直に従った。
思えばフランツは人からこう言う風に着せてもらったことがない。旅先でもオドラデクは勝手気ままだったし、服の縒れなどは自分が整えてやる方だった。
幼い頃から母親がおらず、何でも独りでこなしてきたからだろうか。
背広を羽織ると、メルセデスに向かって言った。
「さあ、案内して貰おうか」
「はいはい」
うんざりして立ち上がった。
メルセデスの後ろに従って歩いていく。店は余り狭くない。幾つかの小さな部屋に通じる暗い廊下があるだけだ。
一番奥の部屋の扉の前までいくと、か細い咳込む声が聞こえて来た。
老人のものだ。
「爺ちゃん、会いたい人がいるって」
メルセデスが小さく言った。
返事はなかった。
「入るね?」
メルセデスは心配そうに言って扉を開けた。
七十はいっているだろう老人がベッドで身を縮こまらせながら横たわっていた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった
ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」
15歳の春。
念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。
「隊長とか面倒くさいんですけど」
S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは……
「部下は美女揃いだぞ?」
「やらせていただきます!」
こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。
「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売しています!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
さくらと遥香
youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。
さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。
◆あらすじ
さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。
さくらは"さくちゃん"、
遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。
同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。
ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。
同期、仲間、戦友、コンビ。
2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。
そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。
イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。
配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。
さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。
2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。
遥香の力になりたいさくらは、
「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」
と申し出る。
そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて…
◆章構成と主な展開
・46時間TV編[完結]
(初キス、告白、両想い)
・付き合い始めた2人編[完結]
(交際スタート、グループ内での距離感の変化)
・かっきー1st写真集編[完結]
(少し大人なキス、肌と肌の触れ合い)
・お泊まり温泉旅行編[完結]
(お風呂、もう少し大人な関係へ)
・かっきー2回目のセンター編[完結]
(かっきーの誕生日お祝い)
・飛鳥さん卒コン編[完結]
(大好きな先輩に2人の関係を伝える)
・さくら1st写真集編[完結]
(お風呂で♡♡)
・Wセンター編[完結]
(支え合う2人)
※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる