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第一部
第二十一話 永代保有(2)
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「お前とは永遠に関係ないものだ」
「そんな風に言われたら気になっちゃうじゃあないですかぁ……どりゃ!」
オドラデクはフランツの手から本を奪い取った。
「何する」
思わず怒ったフランツはオドラデクの頭を撲《なぐ》った。
「いたい!」
オドラデクは本を持ったままぴょんと跳ねてみせた。
「汚すなよ……もし」
と刀の柄に手をやったが、よく考えたら鞘の中は空なのだ。
肝心の抜身が目の前で本を奪って喜んでいるのだから、どうしようもない。
「へええっと、『白檀』。聞いたこともない作者だな」
ぺらぺらと捲っていたオドラデクだが、
「なんだこれ……つまらないーっと!」
古ぼけた本を放り投げた。
フランツがあんぐり開けた口を閉じる間もあらばこそ、本は簷《のき》先へぶつかり、天蓋から躍り出て雨に打たれる港の路面へ落ちてしまった。
「お前!」
フランツは本を拾い上げると急いで袖で水を払った。
「あははははははは~、そんなに大事なものだったんですか! これは失礼しましたぁ!」
オドラデクはオーバーに両手を挙げて、ふざけたしぐさをした。
その瞬間、フランツの中でふっと何かの糸が切れた。
何も言わず本を鞄にしまい込むと、いきなり立ち上がって歩き出した。
「ちょっと、傘は? 雨で濡れちゃいますよ」
後ろから掛かる声に返事はせず。
しばらく歩いて鞄に雨が掛かって染み通ろうとしていることで、傘の必要性に気付いた。
フランツはトルロックの街の中央部まで来ていた。
手近な雑貨屋に入り、傘を探そうとした。だが、品薄なのか見つからない。
古い店なのか、ほんのりとカビの匂いがした。
ストーヴが効いており、暖かかった。服ごと湯気の中に浸かったような思いがする。
フランツはしばしの間立ち去りかねた。
「お客さん! びしょ濡れじゃないですか!」
頭を白巾で巻いた娘が、驚いて店の奥から出て来た。
「傘が……なかったので」
フランツは重苦しく言った。
「拭いてあげるから、さあ脱いで!」
「……」
フランツがぼうっとしている間に、その着ていた背広の上着を脱がせ、雑巾で身体を拭き始める娘。
フランツはどぎまぎしているだけだった。
「あなた名前は?」
娘は鋭く問う。
「フランツ・シュルツ」
本来は偽名を使わなければいけないところなのかも知れないが、問われるままに答えてしまっていた。
「そう、あたしメルセデス」
「旅で、傘を持たずに来たのでな」
「じゃあ、ストーブにあたりなよ」
メルセデスは脱がせた背広を絞った。すると溢れるばかりに水が零れた。
「あーあ、こんなになるまで、ね」
メルセデスは呆れたように言った。
「少し、腹の立つことがあったんでな」
フランツは灯油ストーヴの前に坐り、両手を翳した。とても暖かかった。
「へえ、どんなこと?」
メルセデスは興味を持ったようだった。そう言いながらびしょ濡れになったフランツの襯衣《シャツ》を脱がせた。
娘はフランツの肌を見ても物怖じしないようだった。
「これ、どこで?」
フランツの背中に施された人魚の刺青を眺めてメルセデスは言った。
「オルランド公国でだ。知り合いが懇意にしている刺青師がいたものでな」
フランツは答えていた。
――こんな女には何を言っても良いだろう。
だがこうは心の中で呟きながら鼓動が高まるのを感じていた。
「そう」
メルセデスはそれきり黙ってフランツの身体を拭き始めた。
「そんな風に言われたら気になっちゃうじゃあないですかぁ……どりゃ!」
オドラデクはフランツの手から本を奪い取った。
「何する」
思わず怒ったフランツはオドラデクの頭を撲《なぐ》った。
「いたい!」
オドラデクは本を持ったままぴょんと跳ねてみせた。
「汚すなよ……もし」
と刀の柄に手をやったが、よく考えたら鞘の中は空なのだ。
肝心の抜身が目の前で本を奪って喜んでいるのだから、どうしようもない。
「へええっと、『白檀』。聞いたこともない作者だな」
ぺらぺらと捲っていたオドラデクだが、
「なんだこれ……つまらないーっと!」
古ぼけた本を放り投げた。
フランツがあんぐり開けた口を閉じる間もあらばこそ、本は簷《のき》先へぶつかり、天蓋から躍り出て雨に打たれる港の路面へ落ちてしまった。
「お前!」
フランツは本を拾い上げると急いで袖で水を払った。
「あははははははは~、そんなに大事なものだったんですか! これは失礼しましたぁ!」
オドラデクはオーバーに両手を挙げて、ふざけたしぐさをした。
その瞬間、フランツの中でふっと何かの糸が切れた。
何も言わず本を鞄にしまい込むと、いきなり立ち上がって歩き出した。
「ちょっと、傘は? 雨で濡れちゃいますよ」
後ろから掛かる声に返事はせず。
しばらく歩いて鞄に雨が掛かって染み通ろうとしていることで、傘の必要性に気付いた。
フランツはトルロックの街の中央部まで来ていた。
手近な雑貨屋に入り、傘を探そうとした。だが、品薄なのか見つからない。
古い店なのか、ほんのりとカビの匂いがした。
ストーヴが効いており、暖かかった。服ごと湯気の中に浸かったような思いがする。
フランツはしばしの間立ち去りかねた。
「お客さん! びしょ濡れじゃないですか!」
頭を白巾で巻いた娘が、驚いて店の奥から出て来た。
「傘が……なかったので」
フランツは重苦しく言った。
「拭いてあげるから、さあ脱いで!」
「……」
フランツがぼうっとしている間に、その着ていた背広の上着を脱がせ、雑巾で身体を拭き始める娘。
フランツはどぎまぎしているだけだった。
「あなた名前は?」
娘は鋭く問う。
「フランツ・シュルツ」
本来は偽名を使わなければいけないところなのかも知れないが、問われるままに答えてしまっていた。
「そう、あたしメルセデス」
「旅で、傘を持たずに来たのでな」
「じゃあ、ストーブにあたりなよ」
メルセデスは脱がせた背広を絞った。すると溢れるばかりに水が零れた。
「あーあ、こんなになるまで、ね」
メルセデスは呆れたように言った。
「少し、腹の立つことがあったんでな」
フランツは灯油ストーヴの前に坐り、両手を翳した。とても暖かかった。
「へえ、どんなこと?」
メルセデスは興味を持ったようだった。そう言いながらびしょ濡れになったフランツの襯衣《シャツ》を脱がせた。
娘はフランツの肌を見ても物怖じしないようだった。
「これ、どこで?」
フランツの背中に施された人魚の刺青を眺めてメルセデスは言った。
「オルランド公国でだ。知り合いが懇意にしている刺青師がいたものでな」
フランツは答えていた。
――こんな女には何を言っても良いだろう。
だがこうは心の中で呟きながら鼓動が高まるのを感じていた。
「そう」
メルセデスはそれきり黙ってフランツの身体を拭き始めた。
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