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第一部
第二十話 ねずみ(4)
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「ある人から渡されたのですよ。黒白鳥の羽根の扇を持った女でしたが」
それで誰だかわかりました。『鐘楼の悪魔』を持ち込んだのは元スワスティカ親衛部特殊工作部隊『火葬人』のクリスティーネ・ボリバルだと。
正確にはその分身です。ボリバルは戦争末期に自殺しているはずですから。
連中が『鐘楼の悪魔』を配って歩いているのは間違いなさそうです。
「お知り合いなのですか?」
「いいえ、人間の女なぞ興味はありませんよ。あなたと同じように旅先でふいと行きあっだけです」
バルタザールはそれだけ言うと話頭を転じました。
あまり、興味自体を抱いていないような印象でしたね。
私も流石に食い下がって聞く訳には参りません。
その場は退散しました。どうもあの本を見ていると手に取りたいような気持ちが湧き上がって来るものですから。若ければこっそり家に持って帰っていたことでしょう。
バルタザールの家にはそれからは行かないようにしています。
いかがなものでしょうかね?
「ふうむ」
ルナは手帳を閉じて羽ペンを仕舞い、顎先へ手をやっていた。
「実に興味深い。行ってみたいようでもあり、行ってみたくもないようでもあり」
――単に鼠が怖いだけだろ。
ルナの弱点を知っているズデンカは心の中で嘲笑ったが、黙っておくことにした。まだ、タルチュフを信用しきってはいなかったからだ。
「私もシエラフィータの民である以上は、かの本の話を聞いてはいましたが、まさか実際に目の前にするとたじろぐばかりです。ルナさまぐらいしか、対処できそうな方は思い付きません。ぜひお願いしたく」
タルチュフは深く頭を下げた。
――こいつもシエラフィータか。
ズデンカはとりあえず納得出来た。
「わかりました。そこまで頼られたら行って差し上げるしかなさそうですね。ただし、わたしはスワスティカ猟人《ハンター》ではありません。クリスティーネ・ボリバルの分身やらに遭遇しても対処はできませんよ」
ルナは勿体付けて言った。
「何卒よろしくお願いします」
とは言いながら、タルチュフの口元は笑っていた。
――ルナと気脈が通じるだけあるな。
ズデンカは呆れた。
バルタザールは小さいとは言え、一軒家を持っていた。
タルチュフによれば地価は高いということだったので、どのような手段で買ったものかよくわからない。獣人に優しい不動産屋がいるのだろうか。
小作りな階段から続く白木の扉にある、蝙蝠のかたちを模した木彫りのドアノブは年代物のようで凝っていた。
ズデンカは顔を顰めた。蝙蝠は好きになれない生き物だ。ルナにとっての鼠がズデンカの蝙蝠になるのだろう。
これは元々蝙蝠が吸血鬼と関連付けられる動物であることに起因しているようだ。ルナのように喚いたりはせず、素手で殺すことも出来るが、その顔を見る度に感情の苛立ちを覚えるのだった。
同族嫌悪のようなものなのだろう。
生息場所は限られ、鼠ほど頻繁に出くわことはなかったことがもっけの幸いだった。
肝心のタルチュフが来ていない。それほど『鐘楼の悪魔』に警戒しているのだろう。ズデンカもあの本に魂を食われた人間を多く見てきているので、それは賢明だと思えた。
「いませんかー?」
ルナは何度もドアノブを叩いた。
――相変わらずだな。
ズデンカは安心した。
それで誰だかわかりました。『鐘楼の悪魔』を持ち込んだのは元スワスティカ親衛部特殊工作部隊『火葬人』のクリスティーネ・ボリバルだと。
正確にはその分身です。ボリバルは戦争末期に自殺しているはずですから。
連中が『鐘楼の悪魔』を配って歩いているのは間違いなさそうです。
「お知り合いなのですか?」
「いいえ、人間の女なぞ興味はありませんよ。あなたと同じように旅先でふいと行きあっだけです」
バルタザールはそれだけ言うと話頭を転じました。
あまり、興味自体を抱いていないような印象でしたね。
私も流石に食い下がって聞く訳には参りません。
その場は退散しました。どうもあの本を見ていると手に取りたいような気持ちが湧き上がって来るものですから。若ければこっそり家に持って帰っていたことでしょう。
バルタザールの家にはそれからは行かないようにしています。
いかがなものでしょうかね?
「ふうむ」
ルナは手帳を閉じて羽ペンを仕舞い、顎先へ手をやっていた。
「実に興味深い。行ってみたいようでもあり、行ってみたくもないようでもあり」
――単に鼠が怖いだけだろ。
ルナの弱点を知っているズデンカは心の中で嘲笑ったが、黙っておくことにした。まだ、タルチュフを信用しきってはいなかったからだ。
「私もシエラフィータの民である以上は、かの本の話を聞いてはいましたが、まさか実際に目の前にするとたじろぐばかりです。ルナさまぐらいしか、対処できそうな方は思い付きません。ぜひお願いしたく」
タルチュフは深く頭を下げた。
――こいつもシエラフィータか。
ズデンカはとりあえず納得出来た。
「わかりました。そこまで頼られたら行って差し上げるしかなさそうですね。ただし、わたしはスワスティカ猟人《ハンター》ではありません。クリスティーネ・ボリバルの分身やらに遭遇しても対処はできませんよ」
ルナは勿体付けて言った。
「何卒よろしくお願いします」
とは言いながら、タルチュフの口元は笑っていた。
――ルナと気脈が通じるだけあるな。
ズデンカは呆れた。
バルタザールは小さいとは言え、一軒家を持っていた。
タルチュフによれば地価は高いということだったので、どのような手段で買ったものかよくわからない。獣人に優しい不動産屋がいるのだろうか。
小作りな階段から続く白木の扉にある、蝙蝠のかたちを模した木彫りのドアノブは年代物のようで凝っていた。
ズデンカは顔を顰めた。蝙蝠は好きになれない生き物だ。ルナにとっての鼠がズデンカの蝙蝠になるのだろう。
これは元々蝙蝠が吸血鬼と関連付けられる動物であることに起因しているようだ。ルナのように喚いたりはせず、素手で殺すことも出来るが、その顔を見る度に感情の苛立ちを覚えるのだった。
同族嫌悪のようなものなのだろう。
生息場所は限られ、鼠ほど頻繁に出くわことはなかったことがもっけの幸いだった。
肝心のタルチュフが来ていない。それほど『鐘楼の悪魔』に警戒しているのだろう。ズデンカもあの本に魂を食われた人間を多く見てきているので、それは賢明だと思えた。
「いませんかー?」
ルナは何度もドアノブを叩いた。
――相変わらずだな。
ズデンカは安心した。
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