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第一部

第十九話 墓を愛した少年(10)

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「ひー、暑い!」

 ルナは出立時にヴィットーリオから貰った氷嚢を頭の上に置いて、幌を降ろした馬車に坐っていた。

「もう少し北に行けば寒いのに逆戻りだ。我慢しとけ」

 南端のレーヴィに到ったので、馬車はそこから折り返して北へ向かう予定だった。

「麗しき兄弟愛に心打たれただろ」

 ルナはまたおなじことを繰り返していた。

「打たれねえよ」

 ズデンカは冷たく打ち返した。

「ほお。なぜだい?」

 ルナは妙な口調で言った。

「『なぜだい?』じゃねえよ。あいつら二人とも独善家《エゴイスト》で、たまたま、目的としていたことが一致していただけ過ぎねえだろうがよ」

「うーん、実に捻くれた世界観だ。世界に対する見方って意味だよ」

「どうしたその訂正は」

「勘違いして言葉を使ってる人がいるからね」

「アホくさい」

「ところで、君の指摘もなかなか鋭い。フランチェスカさんを追い続けていたロドリゴさん、弟にいて貰いたかったヴィットーリオさん。お互いにその願いは諦めたけれども、かといって心から受け入れた訳ではないだろうからね」

「なんだ、あいつらがお互い分かり合えていたとでも言いたげな口吻《くちぶり》だな」

 ズデンカは苦笑いした。

「人はお互いをわかりあうことなんて不可能さ。どこか勘違いしないとやっていけない」

「また話をまぜっ返す」

「わたしはまぜっ返すことしかできないよ」

「じゃああたしには何が出来る?」

――これには答えることができねえだろう。

 ズデンカは改心の質問を放てたと手綱を握る拳をわずかに固めた。

「そうだな。世界を作るとしたら君だろう」

 氷嚢からタラタラ流れてくる溶けた水を額に受けながらルナは言った。

「世界を作るだぁ?」

 ズデンカは叫んだ。

「わたしが仮に世界を滅ぼすとして、その後に新しく作るとしたら君しかいないね」

「餓鬼が思い付きそうな発想だな」

 ズデンカはそう言って思わず喉を震わせた。笑いを堪えたのだ。

――涙が流せないのに笑いだけは出て来やがるぜ。

「そりゃわたしが子供だから仕方ない」

 ルナはしみじみと語った。

「子供だと認められるようになっただけ成長だな」

 ルナは答えなかった。

 狭い道に入った。来た時は選ばなかったものだ。ズデンカは車輪が路肩へ乗り上げないか気を遣っていた。

「さーて、お酒飲むか。アントネッリで貰ったやつまだ残してたんだ。今度こそ、気持ち良く酔えるだろう」

 突然ルナは沈黙を破った。

「このアル中め」

「ぐびぐび」

 ズデンカはチラリと振り返ると、ルナはラッパ飲みしていた。

「品がねえな」

「グラスなんて持ってきてないからね」

「作ればいいだろうがよ。その幻解《ちから》とやらで」

「あ、そうか。その手があったか」

「アホか。すぐ思い付くだろうがよ。酒も作れば良い」

「えー、でもそんなお酒飲みたくないなぁ……」

「自分で作った物も飲めないのかよ」

「そう頻繁に使いたくないんだよ。命を削っちゃうしね」

 びくんとズデンカは身を反り返らせて背筋を正した。ルナの力についてはよく知らないが、そんなこともあるのかも知れないと思ったからだ。

「って冗談だよ~! あはははははぁ!」

 ルナの明るい声が響いた。

「死ね」

「あれどうしたのぉ? こわぁい!」

 ルナは驚きながらも含み笑いしていた。
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