月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第十九話 墓を愛した少年(4)

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「ふわぁふぁふぁ、眠いよぉ!」

 ルナは続けてあくびをした。前夜遅くまで酒盛りで夜更かししていて、五時起きにヴィットーリオの宅まで来たからだ。

 藁葺き屋根で、漆喰の壁には罅が入っているぐらい古い家だった。

「だから寝とけって言っただろ」

 ズデンカは鼻で笑った。もちろんルナを無理に叩き起こした張本人なのだったが。

「寝たりなぁい!」

「約束だろうがよ」

「もう約束はなしだよぉ!」

 ルナは目をしょぼしょさせながら、声を荒げた。

「馬鹿言え」

 ズデンカはヴィットーリオの家をノックした。

「はい」

 ヴィットーリオは扉を狭く開けた。もう暫く前から起きて準備をしているように見受けられた。

――ルナとはえらい違いだ。

 ズデンカは思った。

「ロドリゴはまだ眠っています。今のうちに早く」

 ヴィットーリオは宅の外に出て、しっかり鍵を閉めた。

「ふぁふぁ」

 あくびを連発しまくっているルナを後ろに引きずりながら、ズデンカはヴィットーリオと歩いた。

「すまん。こんな状態で連れてきて」

 ズデンカは頭を下げた。

 誰に対しても同じ態度で接すると依怙地に決めているズデンカも、謝るときは謝らなければならないと思っているのだ。

「いえいえ、少し早く指定しすぎましたね。でも、弟が起きてる間だとダメなんです。暗くてもいけませんし」

「単にルナが甘えてるだけだ」

「二人はお仲がよろしいですね」

「それ、旅先でよく言われる」

「その通りだからでしょう」

 ヴィットーリオは率直に言った。

 元々ヴィットーリオの家は市街の中心からそれほど離れていない。だから共同墓地の入り口にある赤茶色に錆びた鉄柵が見えてくるまで、それほど時間は掛からなかった。

「ここか」

 ズデンカは鉄柵を見上げた。

「人に聞いたところ、朝四時から開いているようです」

 中へと入りながら、ヴィットーリオが説明した。

「そんな時間に来るやついるのか?」

「まあ普通はいないでしょうね。実際今見渡しても誰もいません」

 墓地の中を見渡すと、他には人がいそうにもなかった。

「陰気くさいな、さっさと探すぞ」

 ズデンカは足を進める。

「ふわぁ、ふわぁ、ふわわわっ」

 ズデンカに引っ張られながら、次々とあくびを放つルナ。

「いい加減に目を覚ましやがれ!」

 ズデンカはその頬に容赦なく平手打ちを浴びせた。

「ぶへっ……なっ、何するんだよ」

 ルナは思わず叫んだ。

「墓が近いぞ」

「あ、そうだったね!」

 まだ目を擦り続けてはいたが、ルナは自分から歩き始めた。

「こちらです」

 何度か下調べをしていたのか、ヴィットーリオはすぐに案内した。

 御影石の墓は想像したより、もっと小さかった。

 港街のため強い潮風が絶えず吹き付けるせいか、石はかなり劣化していた。

「なるほど、確かにフランチェスカの名前がある」

 ルナはモノクルを付けたり外したりしながら、墓石を確かめた。

「専門家じゃないですけど、たぶん百年前のものですね」

 ルナは適当だった。

「何かわからないでしょうか?」

 ヴィットーリオが聞いた。

「うーん。わたしの幻解《ちから》じゃあ、霊を呼び出すことは無理ですからね。でも、ロドリゴさんがいれば話は別だ」

「えっ?」

 ヴィットーリオは驚いたようだった。

「墓石は確認することが出来たので、今度はロドリゴさんと一緒に来ましょう! ……ふぁあ!」

 またまた大あくび。

「はあ……」
 ヴィットーリオは不安げだった。

「わたしはまた一休みさせて貰いますよ。ふぁあ……むにゃむにゃあ」

 ズデンカの肩により掛かって居眠りし始めるルナだった。
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