193 / 526
第一部
第十九話 墓を愛した少年(3)
しおりを挟む
突然、家を抜け出して出ていきます。悪い仲間と連んでいるのではないかと心配した僕は、非番の日に後を尾けました。
すると、街の中心部から少しだけ外れた共同墓地へ向かって歩いていくではありませんか。
ロドリゴは人目を避けるかのような注意深い足どりでした。
不可解なことでした。僕らの家族は誰も死んでいません。遠方に祖父母は健在ですし、一族の墓地はそこにあります。
父と母は結婚した後でレーヴィに出て来たのです。
ロドリゴが無関係の墓地に行く謂われなど、どこにもないはずでした。
御影石で作られた古い小さな墓の前に弟は跪いていました。その手にはシロツメグサの花冠が持たれていました。
どこから摘んできたのでしょう。
もしかしたら前日から作って置いておいたものかも知れません。何日も通い詰めているようでしたから。
何をやっているのか。
僕は注意しようとしました。
その背に近付いたとき、ロドリゴは一言、
「愛しています」
と呟きました。
ゾッと身の毛がよだつような思いがしたものです。
墓に向かって愛を囁くとは。
あまりに異常な行いです。
僕は驚いて墓石の蔭に隠れました。
動悸を押さえることが出来ません。荒く息を吐いていました。
でも、弟は気付かなかったようです。
一時間あまり、祈りを捧げるように跪いていたでしょうか、ロドリゴは突如立ち上がって、墓地を抜け出ていきました。
来た時とは全く違う、軽やかな足どりでした。
ほっとため息吐いて、僕は墓石へ近付きました。
一族の墓ではないようです。ただ一人を葬った墓でした。
フランチェスカ
と言う女性の。しかし、驚いたのはその生没年です。日付は百年以上前ではありませんか。わずか十六で没していました。
僕は二十で、弟とは七歳離れていますから、十三歳です。
弟より年上のようでした。
僕は墓石に刻まれた古めかしい字体から何も感じ取ることが出来ませんでした。
どういうことなのでしょう?
正直に告白しますと、僕は愛を知りません。
同年代の友達は娼館に行ったりしていますが、まるで興味を持てないのです。
弟が僕より先にその愛の深淵に触れていると考えると嫉妬もしましたが、長続きするものではありませんでした。
その愛の対象がまったく不透明なのですから。
家に帰ってもロドリゴは普段通り暮らしていました。そして、また時間を選ばずふいと出ていって、墓に詣でるのです。
弟は何が望みなのでしょう。なぜ、墓が好きなのでしょう。
ペルッツさまは何かお答えを知っているのではありませんか?
「残念ながらまったくわかりません。実際に見てみないことにはね」
ルナはそう言いながらパイプに煙草を詰め、火を付けた。
「とりあえず、墓地までご案内願えますか?」
「はい。しかし、今日は仕事があります。明日は非番なので、朝方に家へ来て頂けますか?」
「わかりました」
ルナは勝手に話をまとめてしまった。
「お前は相変わらずだな」
「話を進めるのはお手の物だよ」
ルナはパイプを咥えながらにんまりした。
「罠かも知れねえぞ。ほんとのことを言っているともかぎらねえ」
「そんなことありません。僕は、場合によっては嘘を吐くこともあるかも知れませんが、嘘を吐いて平然としてはいられないでしょう!」
今までは気弱にも見えたヴィットーリオは怒りを込めて身を聳やかした。
「よかった。あなたが正直者で」
ルナは煙を吐いた。
すると、街の中心部から少しだけ外れた共同墓地へ向かって歩いていくではありませんか。
ロドリゴは人目を避けるかのような注意深い足どりでした。
不可解なことでした。僕らの家族は誰も死んでいません。遠方に祖父母は健在ですし、一族の墓地はそこにあります。
父と母は結婚した後でレーヴィに出て来たのです。
ロドリゴが無関係の墓地に行く謂われなど、どこにもないはずでした。
御影石で作られた古い小さな墓の前に弟は跪いていました。その手にはシロツメグサの花冠が持たれていました。
どこから摘んできたのでしょう。
もしかしたら前日から作って置いておいたものかも知れません。何日も通い詰めているようでしたから。
何をやっているのか。
僕は注意しようとしました。
その背に近付いたとき、ロドリゴは一言、
「愛しています」
と呟きました。
ゾッと身の毛がよだつような思いがしたものです。
墓に向かって愛を囁くとは。
あまりに異常な行いです。
僕は驚いて墓石の蔭に隠れました。
動悸を押さえることが出来ません。荒く息を吐いていました。
でも、弟は気付かなかったようです。
一時間あまり、祈りを捧げるように跪いていたでしょうか、ロドリゴは突如立ち上がって、墓地を抜け出ていきました。
来た時とは全く違う、軽やかな足どりでした。
ほっとため息吐いて、僕は墓石へ近付きました。
一族の墓ではないようです。ただ一人を葬った墓でした。
フランチェスカ
と言う女性の。しかし、驚いたのはその生没年です。日付は百年以上前ではありませんか。わずか十六で没していました。
僕は二十で、弟とは七歳離れていますから、十三歳です。
弟より年上のようでした。
僕は墓石に刻まれた古めかしい字体から何も感じ取ることが出来ませんでした。
どういうことなのでしょう?
正直に告白しますと、僕は愛を知りません。
同年代の友達は娼館に行ったりしていますが、まるで興味を持てないのです。
弟が僕より先にその愛の深淵に触れていると考えると嫉妬もしましたが、長続きするものではありませんでした。
その愛の対象がまったく不透明なのですから。
家に帰ってもロドリゴは普段通り暮らしていました。そして、また時間を選ばずふいと出ていって、墓に詣でるのです。
弟は何が望みなのでしょう。なぜ、墓が好きなのでしょう。
ペルッツさまは何かお答えを知っているのではありませんか?
「残念ながらまったくわかりません。実際に見てみないことにはね」
ルナはそう言いながらパイプに煙草を詰め、火を付けた。
「とりあえず、墓地までご案内願えますか?」
「はい。しかし、今日は仕事があります。明日は非番なので、朝方に家へ来て頂けますか?」
「わかりました」
ルナは勝手に話をまとめてしまった。
「お前は相変わらずだな」
「話を進めるのはお手の物だよ」
ルナはパイプを咥えながらにんまりした。
「罠かも知れねえぞ。ほんとのことを言っているともかぎらねえ」
「そんなことありません。僕は、場合によっては嘘を吐くこともあるかも知れませんが、嘘を吐いて平然としてはいられないでしょう!」
今までは気弱にも見えたヴィットーリオは怒りを込めて身を聳やかした。
「よかった。あなたが正直者で」
ルナは煙を吐いた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる