上 下
192 / 342
第一部

第十九話 墓を愛した少年(2)

しおりを挟む
「お前は飲みに行かないのか?」

「いえ、僕はお酒は……」

 ヴィットーリオはまだ緊張が取れないようだった。

「勤務態度、すごく真面目ですね」

 ルナは寝たままで笑った。

「これ言っていいのかな。わたしの知り合いなんか、軍隊を脱走したんですよ」

「ルナ」

 傍に移動していたズデンカは声を荒げた。国は違うとは言え、脱走に手を貸した過去がばれてしまってはいけないと考えたからだ。

「まあまあ。そう言えば、自己紹介がまだでした。わたし、ルナ・ペルッツと申します。こちらのメイドはズデンカ。ヴィットーリオさんでしたよね」

 ルナはズデンカを指差した。

「は、はい……ペルッツさま、あの有名なペルッツさまですか」

 怖ず怖ずとヴィットーリオは聞いた。

「え、わたしって有名なんですか。知らなかったなぁ」

 ルナはまだ寝たままだ。

「こら」

 ズデンカはルナの頭を軽く小突いた。

「いてて。何で殴るの」

 ルナはそう言いながらも笑みを崩さなかった。

「実は……一つ興味深い話が……」

 ヴィットーリオは呟いた。

「え、なになに? 綺譚《おはなし》?」

 ルナは突然ムックリと起き上がってヴィットーリオと眼を合わせた。

「ペルッツさまに記録していただけるようなものではないかも知れませんが……」

「それはわたしが決めます。ぜひぜひ」

 ルナはお馴染みの手帳と鴉の羽ペンを取り出して前のめりになった。

「僕の話ではなくて、弟の話なんですよ」

「へえ、弟さんがいらっしゃるのですか。どちらのお生まれで?」

「生まれも育ちもこの街です」

「なるほど」

――あまり面白い話じゃなさそうだな。

 ズデンカは何となく思った。

――ルナみたいに世界各地を旅して回っている者にとったら食い足りないだろう。

「面白そうですね、ぜひぜひ」

 ルナは書き取り始めた。

「それでは」

 と喋り始めると、ヴィットーリオは思いの外雄弁だった。

 
 僕はこのレーヴィから外に出たことはありません。

 いえ、正確に言うならば、検問所に詰めているので、少しばかりは出たことはあります。でも、隣町や、遠くまで行ったことはないのです。

 年頃の者と違ってあまり冒険をしようという意思に欠けているのです。これは怯懦《きょうだ》でしょうか。

 酒に誘われてもまず断り、独りで本を読んでいる方がいいのです。もちろんペルッツさまの本も何冊か持っておりますよ。

 また、別に人と変わった人生を歩んできた訳でもありません。父母も健在ですし、弟のロドリゴもいます。

 出世を目指す訳でもなく、定年までここで勤めて辞めようと思っています。転属を命じられなければの話ですけどね。もちろん、一生街から出ることはないでしょう。

 僕とはうってかわって、ロドリゴは大きくなったら街を出たいと何度も繰り返しています。

 それは真っ当なことなのでしょう。僕には野心もなく、出世したいという望みもありません。

 同僚に笑われこそしますが、別に苦にも思いません。

 意気地がないことなのでしょう。

 弟が成功してくれるようにも心から願っています。

 ところが、近頃、ロドリゴの様子がおかしいのです。
しおりを挟む

処理中です...