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第一部
第十八話 予言(4)
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「本当にうちの祖父が申し訳ありません。いくら言っても聞かないので」
ジェルソミーナは神経質ながら巧みに芋の皮を剥きながら言った。
「放って置けばいい。誰からも見向きされなくなって飽きられるさ」
「そうですね……それが一番なんですが」
「頭の中に入り込んだ考えはなかなか拭えねえよ。薬でも使わねえ限りはな。誰も傷付けたり迷惑を掛けたりしてねえ以上、構わないに越したことはない」
ズデンカはかつて癲狂院《てんきょういん》に入れられた患者たちを垣間見た記憶を思い出した。
独房の中、周りを白い緩衝材で囲まれ、両手両脚に枷を嵌められながら、身を藻掻き、理解困難なことをわめき散らしていたその姿を。
「はい……」
ジェルソミーナは項垂れた。
「おおっ、良い匂いだね!」
マントをひるがえし、鼻をひくつかせながらルナが室内に飛び込んできた。
「あまり独りで出かけんなよ。いつ狙われるか知らねえ」
ズデンカは注意した。
「君はわたしのお母さんか」
どこかで聞いたことあるセリフがまた繰り返された。
「ふん」
ズデンカはそっぽを向いた。
「ところで、面白いことがあったよ。この街でマラリアの感染者が出たんだ」
ルナは薄く笑んで言った。
「面白くねえだろ、それは!」
ズデンカは驚いた。
「ええっ!」
ジェルソミーナも驚いていた。
「ベンヴェヌートさんの予言、どうやら一つ中《あた》りそうですね」
「一人だけだろう? それより、お前も気を付けろよ」
ズデンカは最初は疑わしそうに、続いて心配そうにルナを見た。
「困ります……そんなことになったら」
ジェルソミーナも不安そうだった。
「大丈夫だ。妄言など中るはずがない。それより料理作ろうぜ」
「同意だね。お腹空いた!」
ルナは食べる側でいる気満々のようだった。
――前の殊勝な心がけはどこ行った。
そうは思いながら、変わらないルナの言動に心から満たされた気分になるズデンカだった。
ズデンカにとっては誠に残念なことながら、マラリア患者は増え続けた。
一日に二人や三人といった数ではなく、十人二十人ばかりがバタバタと倒れて、病院に並べられたベッドは満たされた。
ルナは元気だった。
道具屋の一室に設えられた椅子に腰掛けパイプを吹かし、グラスに注がれた琥珀色の液体――ウイスキーをちびりちびりと飲んでいる。
「住人たちの間にも不安が広まっているようだね」
涼しい顔で言う。
「だが、蚊の姿が見あたらん。一体どうして広がっているんだ?」
不死者であるズデンカの動体視力はずば抜けたものだ。一匹でも蚊が近くにいたら見逃さない。にもかからわず、周りに気配が感じられないのだった。
「何か怪《あや》しからん力によって、病気が広められているのかもね」
と言ってルナはウインクした。
――また、あれか。
ズデンカは考えないことにした。
「それにしてもこの部屋、居心地がいいよ」
ほろ酔い加減のルナはベッドまで歩いていき、白シーツをパンパンと叩いた。
「蚤なんか一匹もいないし!」
――普段誰が蚤取りしてやってるんだ。
ズデンカは白々しい眼でそれを眺めた。
その時。
横ざまに部屋が揺れた。
以前パピーニでルナとズデンカは地面が大きく揺れる体験をしている。それは地震ではなかったが、今度は間違いなく床下が激しい勢いで動いていた。
ジェルソミーナは神経質ながら巧みに芋の皮を剥きながら言った。
「放って置けばいい。誰からも見向きされなくなって飽きられるさ」
「そうですね……それが一番なんですが」
「頭の中に入り込んだ考えはなかなか拭えねえよ。薬でも使わねえ限りはな。誰も傷付けたり迷惑を掛けたりしてねえ以上、構わないに越したことはない」
ズデンカはかつて癲狂院《てんきょういん》に入れられた患者たちを垣間見た記憶を思い出した。
独房の中、周りを白い緩衝材で囲まれ、両手両脚に枷を嵌められながら、身を藻掻き、理解困難なことをわめき散らしていたその姿を。
「はい……」
ジェルソミーナは項垂れた。
「おおっ、良い匂いだね!」
マントをひるがえし、鼻をひくつかせながらルナが室内に飛び込んできた。
「あまり独りで出かけんなよ。いつ狙われるか知らねえ」
ズデンカは注意した。
「君はわたしのお母さんか」
どこかで聞いたことあるセリフがまた繰り返された。
「ふん」
ズデンカはそっぽを向いた。
「ところで、面白いことがあったよ。この街でマラリアの感染者が出たんだ」
ルナは薄く笑んで言った。
「面白くねえだろ、それは!」
ズデンカは驚いた。
「ええっ!」
ジェルソミーナも驚いていた。
「ベンヴェヌートさんの予言、どうやら一つ中《あた》りそうですね」
「一人だけだろう? それより、お前も気を付けろよ」
ズデンカは最初は疑わしそうに、続いて心配そうにルナを見た。
「困ります……そんなことになったら」
ジェルソミーナも不安そうだった。
「大丈夫だ。妄言など中るはずがない。それより料理作ろうぜ」
「同意だね。お腹空いた!」
ルナは食べる側でいる気満々のようだった。
――前の殊勝な心がけはどこ行った。
そうは思いながら、変わらないルナの言動に心から満たされた気分になるズデンカだった。
ズデンカにとっては誠に残念なことながら、マラリア患者は増え続けた。
一日に二人や三人といった数ではなく、十人二十人ばかりがバタバタと倒れて、病院に並べられたベッドは満たされた。
ルナは元気だった。
道具屋の一室に設えられた椅子に腰掛けパイプを吹かし、グラスに注がれた琥珀色の液体――ウイスキーをちびりちびりと飲んでいる。
「住人たちの間にも不安が広まっているようだね」
涼しい顔で言う。
「だが、蚊の姿が見あたらん。一体どうして広がっているんだ?」
不死者であるズデンカの動体視力はずば抜けたものだ。一匹でも蚊が近くにいたら見逃さない。にもかからわず、周りに気配が感じられないのだった。
「何か怪《あや》しからん力によって、病気が広められているのかもね」
と言ってルナはウインクした。
――また、あれか。
ズデンカは考えないことにした。
「それにしてもこの部屋、居心地がいいよ」
ほろ酔い加減のルナはベッドまで歩いていき、白シーツをパンパンと叩いた。
「蚤なんか一匹もいないし!」
――普段誰が蚤取りしてやってるんだ。
ズデンカは白々しい眼でそれを眺めた。
その時。
横ざまに部屋が揺れた。
以前パピーニでルナとズデンカは地面が大きく揺れる体験をしている。それは地震ではなかったが、今度は間違いなく床下が激しい勢いで動いていた。
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