月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

文字の大きさ
上 下
183 / 526
第一部

第十八話 予言(2)

しおりを挟む
 三角形に広がる緑陰の丘の中に点々と白い壁を持つ建築が並んでいる。形状はブッツァーティと変わりがないが、疎らのため随分余裕のある感じを覚える。村に近い街と言ったところだ。

「思ったより人口が少なそうだな」

 ズデンカは言った。

「少ない方がいい。多すぎてたら疲れちゃうからね」

「さんざん繁華街を飲み歩いたくせに何を言う」

「お酒が入ってると入ってないとではまた違うのさ」

「お前が騒動を起こさないかとこっちは冷や冷やものなんだが」

「お酒って、飲み過ぎちゃうものだから仕方ないよ」

 ルナは朗らかに言った。

「いつか痛い眼見るぞ」

「その時はその時さ」

 ルナは繰り返した。

 さて、いざ街の中に入ってみると、打って変わっての人混みが出来ていた。

 好奇心旺盛な二人はすぐさま近付いた。

「なんだ、なんだ?」

 ズデンカは並の人間よりは背が高い方だが、それでも群衆の奥の奥に潜んでいる注目の的の正体を突きとめきれなかった。

 やっと爪先立ちして、姿を捉えることが出来た。

 年老いた男が長髪を振り乱して大声で叫び続けていた。

「儂には見えるぞ、見えるぞ! この街に疫病が蔓延し、大地は割け、諸々の民草を中に飲み込むのだ。悪しき獣が森林を徘徊し、食い殺すことだろう」

「なんだ予言者気取りか」

 ズデンカも人生(?)経験は豊富だ。この世が自分の言った通りになる。だから、自分に従えなどと叫ぶ人間はこれまで幾人も見てきた。まれに言ったことがあたることもあるがほとんど偶然だ。場合によったら事が起こった後で自分は言っていたと捏造して公表する者もある。

 ズデンカが生まれた頃にも何人もいたし、今のように人心が荒みやすい時代ならなおさらのことだろう。

――注目を浴びたいだけだろうさ。

 大した能力もなく、知性もない人間が唯一未来を中《あ》てるというというその点だけで注目の的になろうとする。実に愚かしい行為だとズデンカは思っていた。

「面白そうだね!」

 ルナはウキウキしながら耳を傾けていた。

「馬鹿か」

 ズデンカは呆れた。

「地獄を見るぞ。お前らは地獄を見るぞ! 予言に従わねばな」

「信じられるかよ」

「ほんとに未来が見通せるなら、金を幾ら出してもいいんだがな」

 集まった人々も半信半疑、いや半ばすら信じていないありさまだった。この街は長閑なところのようだし、大声で叫び立てる老人が注目を浴びやすいのは仕方ないことだろう。

「儂を信じろ! 信じるのだ」

「お爺ちゃん!」

 十代ぐらいの娘が急いで駆け寄ってきて、老人の肩を掴んだ。

「ごめんなさい、うちの祖父がご迷惑かけまして」

 少女はぺこりと皆に礼をした。

「面白そうですね。お爺さんは未来が見えるんですか?」

 ルナが聞いた。

「いえいえ、そんなことありませ……」

 と訂正しようとする孫娘を遮って、

「見える! 崩壊の光景《ヴィジョーネ》が!」

 と老人は喚き立てた。

「なるほど、なるほど、面白い綺譚《おはなし》ならわたしは大歓迎です。ぜひとも聞きたいのですが」

「おおっ、歓迎するぞ!」

 老人は喜色に顔を輝かせて言った。

「そっ、それでは、お家まで案内させてください!」

 慌てた孫娘は先に立って歩きだした。ルナは駆け足で付いていく。

「やれやれ」

 呆れながらズデンカも後を追った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...