月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

文字の大きさ
上 下
181 / 526
第一部

第十七話 幸せな偽善者(9)いちゃこらタイム

しおりを挟む
 翌朝。

 馬車は緩やかに旅立った。

 まだ風は冷たく、ルナは幌の中で身を縮こまらせている。

「もう一枚欲しいぐらいだね」

 ルナは言った。

「贅沢言うな」

「んなこと言っちゃって、次の街できちんと買ってくれたりするのが君なんだから」

 ルナは笑った。

「お前の金でな」

 行動が見透かされた恥ずかしさを、ズデンカはごまかした。

「ふふふ」

 ルナは笑った。

――小憎たらしい。

 ズデンカは手綱を握り続けた。

 馬たちは、寒さにも負けずひたすら前進し続けている。道は凍っていないので、蹄鉄が傷付く心配はなさそうだ。

「わたしにもあんな毛皮があったらなあ」

 ルナは笑った。

「毛だらけのお前を想像したら笑えてくるぜ」

「可愛らしいじゃないか」

「自分のことを可愛いとかいうやつがいるか」

「わたしは可愛いんだよ」

「アホか」

 ズデンカは苦笑した。

「この冬はいつ終わるんだろうね?」

 二人の会話は途切れ途切れで、なかなか繋がっていかない。

「春になったら終わるだろ。あと一ヶ月ちょいか」

 ズデンカは話の尾っぽを必死に掴む覚悟だ。

「春先はまだまだ寒いからね」

「わがまま言うな。あたしにとっちゃほんの一瞬だ」

 これにはちょっぴり嘘があった。ルナと出会ってからズデンカは一年を長めに感じ始めているのだ。

「君なら幾らでも季節を楽しめるからな。羨ましいよ」

「寒さすら感じないからな。ただ単調なだけだぞ」

「寒さを感じないって素晴らしいじゃないか」

「お前が感じなかったらいつの間にか凍死だぞ」

「それも一興だね」

「馬鹿言え、誰よりも臆病なくせに」

 ルナの返事がしばし途絶えた。

「おうおう、言い返せなくなったのかよ」

 ズデンカは煽った。

「べつにー」

 暢気そうな声が馬車から聞こえてズデンカは一安心した。

「臆病なんだろ、言っちまえよ」

 普段なら引き下がって黙るところを、珍しくズデンカは攻めた。

「まあそうかもね。前、泣いちゃったし」

 ルナはやけにしおらしかった。

「泣くのはいいんだよ」

 ルナから詳しく話を聞いて、なんで泣いたのか知っているズデンカは戸惑った。

「……」

 ルナは黙った。

――沈黙の効果を知ってやがる。

 ズデンカも黙ることにした。

「あれ、どうしたのー?」

「……」

「わたしが傷付いたとでも思ったの?」

「いや」

「図星だ!」

 ルナは鼻で笑った。

「別にそうじゃないならよかったけどよ」

「うん、わたしは傷付いてないよ。単に臆病なんだって自覚しただけ」

「あたしも強くはねえがよ」

「君が強くない? 嘘!」

 ルナはびっくりしたようだった。

「そこまで驚かなくても」

「君は何をしても甦ってくるじゃないか。十分強いよ」

「身体は強いが心はそうでもねえ。繊細だ」

「詩を書くからね」

 ルナはからかった。

「うっせえ」

「まあ、自分で自分のことを繊細って言う人は、繊細じゃないって相場が決まってるから安心しなよ」

 慰めのような貶しのような言い方にズデンカはイラッとした。

「また、君の詩を読みたいんだけど」

「お前の世話で忙しくて書く暇なんかねえよ」

「いずれ書いたら見せてくれよ」

「ああ」

 と言いながら、ズデンカは後ろへ続く轍の跡へちらりと視線を送った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

さくらと遥香

youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。 さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。 ◆あらすじ さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。 さくらは"さくちゃん"、 遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。 同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。 ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。 同期、仲間、戦友、コンビ。 2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。 そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。 イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。 配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。 さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。 2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。 遥香の力になりたいさくらは、 「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」 と申し出る。 そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて… ◆章構成と主な展開 ・46時間TV編[完結] (初キス、告白、両想い) ・付き合い始めた2人編[完結] (交際スタート、グループ内での距離感の変化) ・かっきー1st写真集編[完結] (少し大人なキス、肌と肌の触れ合い) ・お泊まり温泉旅行編[完結] (お風呂、もう少し大人な関係へ) ・かっきー2回目のセンター編[完結] (かっきーの誕生日お祝い) ・飛鳥さん卒コン編[完結] (大好きな先輩に2人の関係を伝える) ・さくら1st写真集編[完結] (お風呂で♡♡) ・Wセンター編[完結] (支え合う2人) ※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...