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第一部
第十六話 不在の騎士(17)
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その女の姿を俺は尾けた。
川辺で見かけたのだ。
肌こそ浅黒くはあったが、どこかビビッシェを感じさせるたからだ。
記憶の中で、あの森での水浴が重なったのかも知れない。
洗濯物籠を肩に背負い、腰のラインをゆっくり浮き立たせ、歩み続けるその姿に、俺は情欲を抱いた。
駆けたさ。勢いよく迫っても気付かれない。
俺は女を後ろから抱き締めた。
女は叫びを上げる。
俺はその口を強く押さえた。姿の見えない相手に身体を押さえつけられているのだから、その恐怖はひとしおだろう。
そう思うと俺はますます怒張した。
「ああ、馬鹿らしい。安手の官能小説よりつまらないですよ」
オドラデクは言った。そして手記を閉じた。
いつのまにそんなものを読んだのだろうとフランツは一瞬懐疑した。
ホセは何も言わなかった。ただ、オドラデクを見つめるだけだった。
「もう読む必要はなさそうだな」
フランツは鞄の中にそれをしまった。
「結局一人になっておかしくなっただけでしたね」
オドラデクはまだ不満そうだった。
「どっちにしろテュルリュパンは死んだ。それで解決だ」
フランツはぴしゃりと言った。
「でも、ホセさんがぁ!」
オドラデクは未練がましい。
「私は構いません」
ホセは相変わらず無口だった。顔を俯ける。人には告げない憂愁が纏わり付いていた。
「妹さんを殺されたんですよ!」
「もう相手は死んでいますから」
――ホセの怒りは深いのだろう。
本当に怒っている人間はそうやすやすと怒りを見せないものだ。フランツは、そう思い始めていた。
テュルリュパンをホセは射った。その瞬間の表情を除いていたからだ。そこにはまるで怒りが見えなかったのだ。
「これで終わりですかぁ、随分くたびれちゃったなぁ」
オドラデクはテュルリュパンが腰掛けていただろう椅子に坐った。
フランツは無言だった。
何か引っかかりを覚える。
紙が破られていたのには安心したはずなのに。
杉の柩。
横たえられ眠っているビビッシェ・ベーハイムの姿を思った。
その表情が、不意に重なる。
フランツはそこで考えを止めた。
「帰るぞ」
後の二人を見ずに、歩き出した。
ランタンの灯を下げて、三人は山を滑り降りた。
自動車に乗り込むと即座に発車する。
まだでこぼこの道にも関わらず、車輪はするする進む。
ホセはまた沈黙の世界に入り、フランツもまた強いて会話を続けようとは思わなかった。
「ねえねえ。ビビッシェ・ベーハイムが生きてるって話、何とか手掛かりを見つけ出せませんかねえ。大発見になるんじゃないかって、ぼくぅドキドキしてきたんですよぉ」
空気を読まないのはオドラデクだけだ。
「生きていたなら殺すだけだ」
フランツは冷たく言った。
「殺せるんですかぁ」
フランツは一瞬言葉に詰まった。ベーハイムも『火葬人』の中ではなかなかの手練れだと聞く。だから、オルランド軍は何百人死者が出ても構わないような大勢を小屋に送ったのだろう。
「やれる。俺と……お前なら」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないですかぁ! フランツさんもとうとうぼくとパートナーの自覚を持ってくださったんですね! ふんふん、教育の成果だぁ!」
オドラデクはニコニコした。
川辺で見かけたのだ。
肌こそ浅黒くはあったが、どこかビビッシェを感じさせるたからだ。
記憶の中で、あの森での水浴が重なったのかも知れない。
洗濯物籠を肩に背負い、腰のラインをゆっくり浮き立たせ、歩み続けるその姿に、俺は情欲を抱いた。
駆けたさ。勢いよく迫っても気付かれない。
俺は女を後ろから抱き締めた。
女は叫びを上げる。
俺はその口を強く押さえた。姿の見えない相手に身体を押さえつけられているのだから、その恐怖はひとしおだろう。
そう思うと俺はますます怒張した。
「ああ、馬鹿らしい。安手の官能小説よりつまらないですよ」
オドラデクは言った。そして手記を閉じた。
いつのまにそんなものを読んだのだろうとフランツは一瞬懐疑した。
ホセは何も言わなかった。ただ、オドラデクを見つめるだけだった。
「もう読む必要はなさそうだな」
フランツは鞄の中にそれをしまった。
「結局一人になっておかしくなっただけでしたね」
オドラデクはまだ不満そうだった。
「どっちにしろテュルリュパンは死んだ。それで解決だ」
フランツはぴしゃりと言った。
「でも、ホセさんがぁ!」
オドラデクは未練がましい。
「私は構いません」
ホセは相変わらず無口だった。顔を俯ける。人には告げない憂愁が纏わり付いていた。
「妹さんを殺されたんですよ!」
「もう相手は死んでいますから」
――ホセの怒りは深いのだろう。
本当に怒っている人間はそうやすやすと怒りを見せないものだ。フランツは、そう思い始めていた。
テュルリュパンをホセは射った。その瞬間の表情を除いていたからだ。そこにはまるで怒りが見えなかったのだ。
「これで終わりですかぁ、随分くたびれちゃったなぁ」
オドラデクはテュルリュパンが腰掛けていただろう椅子に坐った。
フランツは無言だった。
何か引っかかりを覚える。
紙が破られていたのには安心したはずなのに。
杉の柩。
横たえられ眠っているビビッシェ・ベーハイムの姿を思った。
その表情が、不意に重なる。
フランツはそこで考えを止めた。
「帰るぞ」
後の二人を見ずに、歩き出した。
ランタンの灯を下げて、三人は山を滑り降りた。
自動車に乗り込むと即座に発車する。
まだでこぼこの道にも関わらず、車輪はするする進む。
ホセはまた沈黙の世界に入り、フランツもまた強いて会話を続けようとは思わなかった。
「ねえねえ。ビビッシェ・ベーハイムが生きてるって話、何とか手掛かりを見つけ出せませんかねえ。大発見になるんじゃないかって、ぼくぅドキドキしてきたんですよぉ」
空気を読まないのはオドラデクだけだ。
「生きていたなら殺すだけだ」
フランツは冷たく言った。
「殺せるんですかぁ」
フランツは一瞬言葉に詰まった。ベーハイムも『火葬人』の中ではなかなかの手練れだと聞く。だから、オルランド軍は何百人死者が出ても構わないような大勢を小屋に送ったのだろう。
「やれる。俺と……お前なら」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないですかぁ! フランツさんもとうとうぼくとパートナーの自覚を持ってくださったんですね! ふんふん、教育の成果だぁ!」
オドラデクはニコニコした。
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