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第一部
第十六話 不在の騎士(11)
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とは言え俺の姿は見えないから、いつもの道化服を着て行ったのだが。
兵卒に銃を構えさせたまま、新しく建てられた小屋に住む家族を一列に並ばせて尋問した。
連中は口が硬く、どんなに聞いても皆首を横に振る。
固い信念が窺われた。
「早く言え!」
俺は焦れてきた。もともと雄弁に物事を喋り立てるタイプではない。
「まあ待って」
ビビッシェは囁いた。といっても俺の方が遙かに背が高いので耳元で、と言う訳にはいかない。
「じっくり顔を見て判断すればいい」
家族は五人のようだった。父親と母親、娘が二人に、小さい息子一人。
息子は落ち着きなさそうにあたりをちらちらと見回していた。
他の者たちは決然とした目で、俺とビビッシェとスワスティカの全員を睨み付けていた。梃子でも動かなそうだった。
「攻めやすいのはどこかって考えてみればいいんだよ」
「攻める?」
俺にはビビッシェの意図が読めなかった。
自分とそう年頃も離れていないだろう末息子のところに歩いていって座り込み、相手と視線を合わせた。
「ねえ、君はなんでそんなに悲しそうなの?」
「……」
男の子は顔を伏せて、玩具を弄くっていた。だが、よく見ると泣きべそを掻いていることが分かる。
「トーマス!」
母親が叫んで、男の子へ駈け出そうとする。兵卒がそれを銃口で牽制した。
「ふーん。トーマスっていうんだ。悲しいなら、いいこと教えてあげるよ」
これは嘘だ。家族の情報をこいつは前から知っていた。ビビッシェは顎に手をやって考え深げに言った。
「お姉ちゃん、殺すんでしょ……」
男の子は震えていた。
「殺さないよ。この家にはずっと留まってはいけない。悪い奴らがくるからね。わたしたちは、良いところに連れていってあげるだけさ」
俺は意味が分かるので、思わずニヤリとした。もちろん、誰も俺の表情を読むことは出来ない。
「ほんとぅ?」
トーマスは少し安心したようだった。
「そうだよ。君も家族も安全だよ」
そう言いながらビビッシェは目配せをした。一瞬だけトーマスの顔にまた怯えが走った。
ビビッシェは言葉を伝えず、相手に望む通りのことをやらせようとしたのだ。
やがてトーマスは玩具を手に取り、こんこんと床に打ち付けた。
「やれ」
後ろを振り返り、兵卒たちに指示するビビッシェの声は冷たかった。親指を逆向きにして床下を差していた。
銃撃が一斉に行われた。
他の家族は呆然としていた。なぜ場所が割れたのかわからなかったのだろう。
外でも銃声が響いた。
出て確認して見ると、床板の下にシエラフィータ族の家族が潜んでいたらしい。
外の草叢まで血糊がこびり付いていたし、生き残って這い出てきたところに頭を撃たれた者たちが横たわっていたからだ。
兵卒たちは家族を捕らえて連れていった。その最後尾がトースだった。
「お姉ちゃん」
まだ震えが止まらないトーマスは、ビビッシェを見つめていた。
ビビッシェはその手を握った。
「大丈夫。きっと良いところに行けるよ。家族だって一緒さ」
トーマスはほっとため息を吐き、出ていった。
だが、俺は知っている。連中が行き着くのは収容所だ。シエラフィータ族でなくとも、その協力者は入れられる。他の家族は皆それを知っているので青ざめていた。
でも、トーマス一人だけの顔は希望に輝いていた。
「酷いやつだ」
出て行った後で俺は言った。
「殺しは君だってやっているだろ」
「嘘を言うのが酷いのだ。俺は相手に嘘を吐いて殺さない」
「わたしはね。願いを一つだけ叶えることが出来るんだ。あの男の子は心から安心を望んでいた。だからそれをあげたんだ」
「それは偽りの安心だ」
「偽りじゃないよ。この瞬間だけは本当だ」
朗らかにビビッシェは笑った。
兵卒に銃を構えさせたまま、新しく建てられた小屋に住む家族を一列に並ばせて尋問した。
連中は口が硬く、どんなに聞いても皆首を横に振る。
固い信念が窺われた。
「早く言え!」
俺は焦れてきた。もともと雄弁に物事を喋り立てるタイプではない。
「まあ待って」
ビビッシェは囁いた。といっても俺の方が遙かに背が高いので耳元で、と言う訳にはいかない。
「じっくり顔を見て判断すればいい」
家族は五人のようだった。父親と母親、娘が二人に、小さい息子一人。
息子は落ち着きなさそうにあたりをちらちらと見回していた。
他の者たちは決然とした目で、俺とビビッシェとスワスティカの全員を睨み付けていた。梃子でも動かなそうだった。
「攻めやすいのはどこかって考えてみればいいんだよ」
「攻める?」
俺にはビビッシェの意図が読めなかった。
自分とそう年頃も離れていないだろう末息子のところに歩いていって座り込み、相手と視線を合わせた。
「ねえ、君はなんでそんなに悲しそうなの?」
「……」
男の子は顔を伏せて、玩具を弄くっていた。だが、よく見ると泣きべそを掻いていることが分かる。
「トーマス!」
母親が叫んで、男の子へ駈け出そうとする。兵卒がそれを銃口で牽制した。
「ふーん。トーマスっていうんだ。悲しいなら、いいこと教えてあげるよ」
これは嘘だ。家族の情報をこいつは前から知っていた。ビビッシェは顎に手をやって考え深げに言った。
「お姉ちゃん、殺すんでしょ……」
男の子は震えていた。
「殺さないよ。この家にはずっと留まってはいけない。悪い奴らがくるからね。わたしたちは、良いところに連れていってあげるだけさ」
俺は意味が分かるので、思わずニヤリとした。もちろん、誰も俺の表情を読むことは出来ない。
「ほんとぅ?」
トーマスは少し安心したようだった。
「そうだよ。君も家族も安全だよ」
そう言いながらビビッシェは目配せをした。一瞬だけトーマスの顔にまた怯えが走った。
ビビッシェは言葉を伝えず、相手に望む通りのことをやらせようとしたのだ。
やがてトーマスは玩具を手に取り、こんこんと床に打ち付けた。
「やれ」
後ろを振り返り、兵卒たちに指示するビビッシェの声は冷たかった。親指を逆向きにして床下を差していた。
銃撃が一斉に行われた。
他の家族は呆然としていた。なぜ場所が割れたのかわからなかったのだろう。
外でも銃声が響いた。
出て確認して見ると、床板の下にシエラフィータ族の家族が潜んでいたらしい。
外の草叢まで血糊がこびり付いていたし、生き残って這い出てきたところに頭を撃たれた者たちが横たわっていたからだ。
兵卒たちは家族を捕らえて連れていった。その最後尾がトースだった。
「お姉ちゃん」
まだ震えが止まらないトーマスは、ビビッシェを見つめていた。
ビビッシェはその手を握った。
「大丈夫。きっと良いところに行けるよ。家族だって一緒さ」
トーマスはほっとため息を吐き、出ていった。
だが、俺は知っている。連中が行き着くのは収容所だ。シエラフィータ族でなくとも、その協力者は入れられる。他の家族は皆それを知っているので青ざめていた。
でも、トーマス一人だけの顔は希望に輝いていた。
「酷いやつだ」
出て行った後で俺は言った。
「殺しは君だってやっているだろ」
「嘘を言うのが酷いのだ。俺は相手に嘘を吐いて殺さない」
「わたしはね。願いを一つだけ叶えることが出来るんだ。あの男の子は心から安心を望んでいた。だからそれをあげたんだ」
「それは偽りの安心だ」
「偽りじゃないよ。この瞬間だけは本当だ」
朗らかにビビッシェは笑った。
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