161 / 526
第一部
第十六話 不在の騎士(7)
しおりを挟む
「騎士」がやってきたのだ。
オドラデクはふっとランタンの灯りを消した。
星の光で十分だった。赤く錆びた鎧が軋る音を立てながら、こちらに進んできた。動作はとてもゆっくりしていた。
古風で中世の頃を思わせるものだった。胸の所には家紋が刻まれていた。馬がないので正確には『騎士』と言えるどうか定かではなかったが、綴織《タペストリー》の中から抜け出してきたような姿だった。
フランツは腰に差した鞘から刀身を引き抜いた。
オドラデクの身体がパサリと解れ、細々とした糸に戻りながら刀の柄へと集まっていき、剣となった。
着ていた服はおそらくは赤茶けた、今は闇に隠れた地面に落ちた。
フランツは騎士と向かい合った。
細く開いた兜の目通しの向こうに瞳は見えない。
ここに在らずの騎士だ。
「お前がテュリュルパンか?」
返事はなかった。
鎧は腰に差していた剣を抜き、フランツに向ける。
「戦おうって訳か。面白い」
フランツは素早く跳躍し、刀身に体重を掛けて騎士の鎧へ振り下ろした。
手応えはあった。実際、オドラデクは鎧の形の部分から斬りさがって、胸の少し下まで入っていたのだ。
しかし、その中味は空洞なのだ。騎士は鈍い動きで剣をフランツへ降ろそうとした。
すぐに刀身は解けフランツは退いた。
しかし、それと鎧が崩れ落ちるのが同時だった。
透明な人間は鎧を脱いだのだ。
姿は見えない。
突然、フランツは喉を強く締め付けられるのを感じた。そのまま、自分の身体が宙に二三寸浮き上がっている様子を目の当たりにした。
オドラデクの刀を取り落とす。
しかし、フランツにそんな余裕はない。物凄い力で喉首がねじりあげられている。
――こんな風に殺したのか。
眼前が黒く染まっていきそうにも思えたとき、ひゅうっと鋭い音がした。
弓だ。
喉首を締め上げていた強い力が突然消えた。フランツは地面に倒れた。
何度も咳込み、嘔吐く。
ややあって、霞む目で見上げた。
確かに矢は透明な人間を射貫いたのだ。赤い血が噴き出して溢れ、透明なはずの身体を染めた。
すなわち、血の染みが空中に浮かんでいたのだ。刺さった鏃に星輝が照り返された。
「これでいい目印になる」
矢を番えながら歩んで来たのはホセだった。
二撃が透明な人間に放たれ、また刺さった。うめきのような声が、確実に漏れた。
「嘘を言いました」
ホセは静かに言った。
「騎士の噂は聞かなかったものの、私はこいつを知っていたんです」
「なぜだ!」
激しく息をしながら、フランツはホセへ叫んだ。
「あまりにも近しい存在を殺されたため、黙っていたのです」
「家族ですね」
オドラデクが言った。ホセを気遣ったのかご丁寧にも女の姿になっていた。裸だった。
「そうです」
ホセは言った。
「こいつは試しに村の人間を襲っていました。数ヶ月に一度ぐらいは。その中に私の妹もいたのです」
刺さった二つの鏃を振り落としながら、血の染みが浮き上がりながら近づいてくる。
「オドラデク!」
フランツは怒鳴った。
「はぁいはい」
気怠そうに言って自らの身体を解体するオドラデク。
――ホセの前では出来るだけ見せたくなかったが。
再び刀身となったオドラデクを手に持ち、フランツは血の染みを貫いた。
「ぐえっ」
確実に手応えを感じた。
「なぜ殺した」
耳元、いや、相手は透明なので耳元など分からないのだが、それらしき場所に向かってフランツは囁いた。
「こんな姿で他の楽しみは何もない。ただ殺すばかりが生きがいなのさ」
意外にハッキリとした声で相手は答えた。首をまた掴まれないようフランツは刀の柄を握りながら距離を保った。
オドラデクはふっとランタンの灯りを消した。
星の光で十分だった。赤く錆びた鎧が軋る音を立てながら、こちらに進んできた。動作はとてもゆっくりしていた。
古風で中世の頃を思わせるものだった。胸の所には家紋が刻まれていた。馬がないので正確には『騎士』と言えるどうか定かではなかったが、綴織《タペストリー》の中から抜け出してきたような姿だった。
フランツは腰に差した鞘から刀身を引き抜いた。
オドラデクの身体がパサリと解れ、細々とした糸に戻りながら刀の柄へと集まっていき、剣となった。
着ていた服はおそらくは赤茶けた、今は闇に隠れた地面に落ちた。
フランツは騎士と向かい合った。
細く開いた兜の目通しの向こうに瞳は見えない。
ここに在らずの騎士だ。
「お前がテュリュルパンか?」
返事はなかった。
鎧は腰に差していた剣を抜き、フランツに向ける。
「戦おうって訳か。面白い」
フランツは素早く跳躍し、刀身に体重を掛けて騎士の鎧へ振り下ろした。
手応えはあった。実際、オドラデクは鎧の形の部分から斬りさがって、胸の少し下まで入っていたのだ。
しかし、その中味は空洞なのだ。騎士は鈍い動きで剣をフランツへ降ろそうとした。
すぐに刀身は解けフランツは退いた。
しかし、それと鎧が崩れ落ちるのが同時だった。
透明な人間は鎧を脱いだのだ。
姿は見えない。
突然、フランツは喉を強く締め付けられるのを感じた。そのまま、自分の身体が宙に二三寸浮き上がっている様子を目の当たりにした。
オドラデクの刀を取り落とす。
しかし、フランツにそんな余裕はない。物凄い力で喉首がねじりあげられている。
――こんな風に殺したのか。
眼前が黒く染まっていきそうにも思えたとき、ひゅうっと鋭い音がした。
弓だ。
喉首を締め上げていた強い力が突然消えた。フランツは地面に倒れた。
何度も咳込み、嘔吐く。
ややあって、霞む目で見上げた。
確かに矢は透明な人間を射貫いたのだ。赤い血が噴き出して溢れ、透明なはずの身体を染めた。
すなわち、血の染みが空中に浮かんでいたのだ。刺さった鏃に星輝が照り返された。
「これでいい目印になる」
矢を番えながら歩んで来たのはホセだった。
二撃が透明な人間に放たれ、また刺さった。うめきのような声が、確実に漏れた。
「嘘を言いました」
ホセは静かに言った。
「騎士の噂は聞かなかったものの、私はこいつを知っていたんです」
「なぜだ!」
激しく息をしながら、フランツはホセへ叫んだ。
「あまりにも近しい存在を殺されたため、黙っていたのです」
「家族ですね」
オドラデクが言った。ホセを気遣ったのかご丁寧にも女の姿になっていた。裸だった。
「そうです」
ホセは言った。
「こいつは試しに村の人間を襲っていました。数ヶ月に一度ぐらいは。その中に私の妹もいたのです」
刺さった二つの鏃を振り落としながら、血の染みが浮き上がりながら近づいてくる。
「オドラデク!」
フランツは怒鳴った。
「はぁいはい」
気怠そうに言って自らの身体を解体するオドラデク。
――ホセの前では出来るだけ見せたくなかったが。
再び刀身となったオドラデクを手に持ち、フランツは血の染みを貫いた。
「ぐえっ」
確実に手応えを感じた。
「なぜ殺した」
耳元、いや、相手は透明なので耳元など分からないのだが、それらしき場所に向かってフランツは囁いた。
「こんな姿で他の楽しみは何もない。ただ殺すばかりが生きがいなのさ」
意外にハッキリとした声で相手は答えた。首をまた掴まれないようフランツは刀の柄を握りながら距離を保った。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
錬金術師カレンはもう妥協しません
山梨ネコ
ファンタジー
「おまえとの婚約は破棄させてもらう」
前は病弱だったものの今は現在エリート街道を驀進中の婚約者に捨てられた、Fランク錬金術師のカレン。
病弱な頃、支えてあげたのは誰だと思っているのか。
自棄酒に溺れたカレンは、弾みでとんでもない条件を付けてとある依頼を受けてしまう。
それは『血筋の祝福』という、受け継いだ膨大な魔力によって苦しむ呪いにかかった甥っ子を救ってほしいという貴族からの依頼だった。
依頼内容はともかくとして問題は、報酬は思いのままというその依頼に、達成報酬としてカレンが依頼人との結婚を望んでしまったことだった。
王都で今一番結婚したい男、ユリウス・エーレルト。
前世も今世も妥協して付き合ったはずの男に振られたカレンは、もう妥協はするまいと、美しく強く家柄がいいという、三国一の男を所望してしまったのだった。
ともかくは依頼達成のため、錬金術師としてカレンはポーションを作り出す。
仕事を通じて様々な人々と関わりながら、カレンの心境に変化が訪れていく。
錬金術師カレンの新しい人生が幕を開ける。
※小説家になろうにも投稿中。
悪役令嬢の居場所。
葉叶
恋愛
私だけの居場所。
他の誰かの代わりとかじゃなく
私だけの場所
私はそんな居場所が欲しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。
※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。
※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。
※完結しました!番外編執筆中です。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
突然現れた妹に全部奪われたけど、新しく兄ができて幸せです
富士とまと
恋愛
領地から王都に戻ったら、妹を名乗る知らない少女がいて、私のすべては奪われていた。
お気に入りのドレスも、大切なぬいぐるみも、生活していた部屋も、大好きなお母様も。
領地に逃げ帰ったら、兄を名乗る知らない少年がいて、私はすべてを取り返した。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
転生したらチートすぎて逆に怖い
至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん
愛されることを望んでいた…
神様のミスで刺されて転生!
運命の番と出会って…?
貰った能力は努力次第でスーパーチート!
番と幸せになるために無双します!
溺愛する家族もだいすき!
恋愛です!
無事1章完結しました!
悪役令嬢は救国したいだけなのに、いつの間にか攻略対象と皇帝に溺愛されてました
みゅー
恋愛
それは舞踏会の最中の出来事。アルメリアは婚約者であるムスカリ王太子殿下に突然婚約破棄を言い渡される。
やはりこうなってしまった、そう思いながらアルメリアはムスカリを見つめた。
時を遡り、アルメリアが六つの頃の話。
避暑先の近所で遊んでいる孤児たちと友達になったアルメリアは、彼らが人身売買に巻き込まれていることを知り一念発起する。
そして自分があまりにも無知だったと気づき、まずは手始めに国のことを勉強した。その中で前世の記憶を取り戻し、乙女ゲームの世界に転生していて自分が断罪される悪役令嬢だと気づく。
断罪を避けるために前世での知識を生かし自身の領地を整備し事業を起こしていく中で、アルメリアは国の中枢へ関わって行くことになる。そうして気がつけば巨大な陰謀へ巻き込まれていくのだった。
そんなアルメリアをゲーム内の攻略対象者は溺愛し、更には隣国の皇帝に出会うこととなり……
行方不明になった友人を探し、自身の断罪を避けるため転生悪役令嬢は教会の腐敗を正して行く。そんな悪役令嬢の転生・恋愛物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる