157 / 526
第一部
第十六話 不在の騎士(3)
しおりを挟む
古い家具が恐竜の化石のように接し、朽ちている部屋。
皺だらけでぼうぼうと髭が生えた男に向かい合い、フランツとオドラデクは坐っていた。
「そうかね、車を借りたいと」
男の名前はシャイロック。シエラフィータの出身者で六十を超えている。かつて莫大な資産をランドルフィ王国で稼ぎ出し、今はブニュエルに屋敷を構えている。
「そうだ。岩だらけの道は足で行くのが難しい」
フランツは言った。
「代償はなにかね?」
「俺の心臓を……と言いたいところだが、今はだめだ」
フランツの物言いはルナ譲りだ。
「面白い。代わりにこの女の髪を何本かで譲ろう」
とオドラデクを指差した。
「俺に聞くな。そいつに聞け」
「なんだ。お前の女ではないのか?」
「俺の女じゃない。彼にそうだとしても、そいつ本人に聞け」
オドラデクはニヤニヤしていた。
「やですねえ、女と仰っても良いですよのぉ」
と髪を掻き上げ科を作る。
「気持ちが悪い」
フランツは顔を背けた。
結局シャイロックは聞きもせずオドラデクに近づいて髪を二、三本引き抜いた。
「痛いなぁ」
そう言いながらオドラデクは笑っている。
「不思議な髪だな。透き通っていて青のようでも金のようでもなく。糸のようにすら見える」
「だっていと……」
答えるオドラデクのその口をフランツが塞いだ。
――知られたら厄介だ。
「なんだ。えらく親しいようじゃないか。本当にお前ら何も関係ないのか?」
「何もない」
フランツは言い切った。
シャイロックは糸をくるくると指に巻き付けると、マッチ棒に巻き付けて机の中に仕舞った。あまりにも手慣れた動きで、他にもそうやって女の髪を保存しているのではないかと疑われた。
「ほんとうかぁ?」
シャイロックは疑い深そうな目でフランツを見た。
「さっさと車を出せ」
「わかった。だが、お前らには運転出来ないだろうな。俺の運転手を貸してやる」
そう言ってシャイロックはベルを鳴らした。
色の浅黒い背の高い男がやってきた。
「ホセという名だ。現地人だから土地には詳しいぞ」
シャイロックが紹介した。
――最近ルナが連れているメイドと同じ肌の色だな。どこの生まれかよくは知らないが。
「よろしくお願いします」
ホセはお辞儀して歩き出した。
フランツとオドラデクは付いていった。
屋敷の玄関口に自動車は止められていた。
――入った時にはなかったのに、いつの間に。
車の扉が開けられて中に案内される。フランツも猟人である以上、実習を受けて免許を持っているのだが、人が運転する車に乗るのは初めてだ。
フランツはホセの横に、オドラデクは後部座席に腰を下ろした。
内心ではワクワクしていたが、努めて顔に出さないようにした。
エンジンの入る音がする。激しく響く音で、フランツは耳がおかしくなりそうに思った。
車は走り出した。
「聖なる山まででよろしいのですね」
召使いは言った。
「そうです。あなたは行ったことあるんですか?」
後部座席からオドラデクが身を乗り出す。
「はい」
ホセはとても無口だった。
「騎士の話は聞いたことあります?」
「ありません。私も始めて知ったほどで」
ホセは聞かれたことには適確に答えた。
皺だらけでぼうぼうと髭が生えた男に向かい合い、フランツとオドラデクは坐っていた。
「そうかね、車を借りたいと」
男の名前はシャイロック。シエラフィータの出身者で六十を超えている。かつて莫大な資産をランドルフィ王国で稼ぎ出し、今はブニュエルに屋敷を構えている。
「そうだ。岩だらけの道は足で行くのが難しい」
フランツは言った。
「代償はなにかね?」
「俺の心臓を……と言いたいところだが、今はだめだ」
フランツの物言いはルナ譲りだ。
「面白い。代わりにこの女の髪を何本かで譲ろう」
とオドラデクを指差した。
「俺に聞くな。そいつに聞け」
「なんだ。お前の女ではないのか?」
「俺の女じゃない。彼にそうだとしても、そいつ本人に聞け」
オドラデクはニヤニヤしていた。
「やですねえ、女と仰っても良いですよのぉ」
と髪を掻き上げ科を作る。
「気持ちが悪い」
フランツは顔を背けた。
結局シャイロックは聞きもせずオドラデクに近づいて髪を二、三本引き抜いた。
「痛いなぁ」
そう言いながらオドラデクは笑っている。
「不思議な髪だな。透き通っていて青のようでも金のようでもなく。糸のようにすら見える」
「だっていと……」
答えるオドラデクのその口をフランツが塞いだ。
――知られたら厄介だ。
「なんだ。えらく親しいようじゃないか。本当にお前ら何も関係ないのか?」
「何もない」
フランツは言い切った。
シャイロックは糸をくるくると指に巻き付けると、マッチ棒に巻き付けて机の中に仕舞った。あまりにも手慣れた動きで、他にもそうやって女の髪を保存しているのではないかと疑われた。
「ほんとうかぁ?」
シャイロックは疑い深そうな目でフランツを見た。
「さっさと車を出せ」
「わかった。だが、お前らには運転出来ないだろうな。俺の運転手を貸してやる」
そう言ってシャイロックはベルを鳴らした。
色の浅黒い背の高い男がやってきた。
「ホセという名だ。現地人だから土地には詳しいぞ」
シャイロックが紹介した。
――最近ルナが連れているメイドと同じ肌の色だな。どこの生まれかよくは知らないが。
「よろしくお願いします」
ホセはお辞儀して歩き出した。
フランツとオドラデクは付いていった。
屋敷の玄関口に自動車は止められていた。
――入った時にはなかったのに、いつの間に。
車の扉が開けられて中に案内される。フランツも猟人である以上、実習を受けて免許を持っているのだが、人が運転する車に乗るのは初めてだ。
フランツはホセの横に、オドラデクは後部座席に腰を下ろした。
内心ではワクワクしていたが、努めて顔に出さないようにした。
エンジンの入る音がする。激しく響く音で、フランツは耳がおかしくなりそうに思った。
車は走り出した。
「聖なる山まででよろしいのですね」
召使いは言った。
「そうです。あなたは行ったことあるんですか?」
後部座席からオドラデクが身を乗り出す。
「はい」
ホセはとても無口だった。
「騎士の話は聞いたことあります?」
「ありません。私も始めて知ったほどで」
ホセは聞かれたことには適確に答えた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天狗の片翼
くるっ🐤ぽ
ファンタジー
女は語る……
桜の木の下で、片翼の天狗に攫われた女は、天狗の妻となる。
人ならざる者に愛され、大事にされることに戸惑う女に、天狗が望むことは一つだけ。
自身の、片翼となってくれること。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる