月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第十六話 不在の騎士(3)

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 古い家具が恐竜の化石のように接し、朽ちている部屋。

 皺だらけでぼうぼうと髭が生えた男に向かい合い、フランツとオドラデクは坐っていた。

「そうかね、車を借りたいと」

 男の名前はシャイロック。シエラフィータの出身者で六十を超えている。かつて莫大な資産をランドルフィ王国で稼ぎ出し、今はブニュエルに屋敷を構えている。

「そうだ。岩だらけの道は足で行くのが難しい」

 フランツは言った。

「代償はなにかね?」

「俺の心臓を……と言いたいところだが、今はだめだ」

 フランツの物言いはルナ譲りだ。

「面白い。代わりにこの女の髪を何本かで譲ろう」

 とオドラデクを指差した。

「俺に聞くな。そいつに聞け」

「なんだ。お前の女ではないのか?」

「俺の女じゃない。彼にそうだとしても、そいつ本人に聞け」

  オドラデクはニヤニヤしていた。

 「やですねえ、女と仰っても良いですよのぉ」

 と髪を掻き上げ科を作る。

「気持ちが悪い」

 フランツは顔を背けた。

 結局シャイロックは聞きもせずオドラデクに近づいて髪を二、三本引き抜いた。

「痛いなぁ」

 そう言いながらオドラデクは笑っている。


「不思議な髪だな。透き通っていて青のようでも金のようでもなく。糸のようにすら見える」

「だっていと……」

 答えるオドラデクのその口をフランツが塞いだ。

――知られたら厄介だ。

「なんだ。えらく親しいようじゃないか。本当にお前ら何も関係ないのか?」

「何もない」

 フランツは言い切った。

 シャイロックは糸をくるくると指に巻き付けると、マッチ棒に巻き付けて机の中に仕舞った。あまりにも手慣れた動きで、他にもそうやって女の髪を保存しているのではないかと疑われた。

「ほんとうかぁ?」

 シャイロックは疑い深そうな目でフランツを見た。

「さっさと車を出せ」

「わかった。だが、お前らには運転出来ないだろうな。俺の運転手を貸してやる」

 そう言ってシャイロックはベルを鳴らした。

  色の浅黒い背の高い男がやってきた。

「ホセという名だ。現地人だから土地には詳しいぞ」

 シャイロックが紹介した。

――最近ルナが連れているメイドと同じ肌の色だな。どこの生まれかよくは知らないが。

「よろしくお願いします」

 ホセはお辞儀して歩き出した。

 フランツとオドラデクは付いていった。

 屋敷の玄関口に自動車は止められていた。

――入った時にはなかったのに、いつの間に。

 車の扉が開けられて中に案内される。フランツも猟人である以上、実習を受けて免許を持っているのだが、人が運転する車に乗るのは初めてだ。

 フランツはホセの横に、オドラデクは後部座席に腰を下ろした。

 内心ではワクワクしていたが、努めて顔に出さないようにした。

 エンジンの入る音がする。激しく響く音で、フランツは耳がおかしくなりそうに思った。

 車は走り出した。

「聖なる山まででよろしいのですね」

 召使いは言った。

「そうです。あなたは行ったことあるんですか?」

 後部座席からオドラデクが身を乗り出す。

「はい」

 ホセはとても無口だった。

「騎士の話は聞いたことあります?」

「ありません。私も始めて知ったほどで」

 ホセは聞かれたことには適確に答えた。
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