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第一部
第十五話 光と影(2)
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「大丈夫ぅ?」
カルメンが後ろから声を掛けて来た。
「だいじょう……ぶう!」
汗で手が滑りそうになりながら焦ったルナは言った。
「落ちたりしない?」
「いける!」
と答えるルナの顔からは湯気が出そうだ。
ぐらぐら、ぐーらぐら。
――こんなに苦しい思いしたのはポトツキ収容所以来かも知れない。
死ぬかも知れないとルナは一瞬考えてしまった。滑って落ちて頭を打ったらその可能性は十分にある。
掴んでいる縄を外し、更に上を掴む。手をすり剥いてしまったらしくひりひりした。
――でも、もうここまで来た以上戻れない。 光がルナの顔を照らし出していた。
実にまばゆい。
ルナは目をつぶった。
「うっぷっ!」
ぐらぐら揺れて、思わず吐きそうになる。
眼を開かねばならない。そうしないとルナの運動神経では縄を手で掴めず真っ逆さまだ。
必死で堪えて、また一段。
また一段。
重力を感じながら進み続ける。
残すところあと三段だ。
「ふぁ……ふあっ……」
息があがる。荒くなっていく。彼岸の光景が見えかけてきた。罌粟の花が咲き乱れる野原の向こうに――
「父さん……母さん……」
ルナは頭を振った。
気を取り直してもう一段。
「ひいっ……ひいっ……!」
――本当に辛い。
ルナはすぐ弱音を吐く。だが今回の弱音は本当に心から出たものだった。
もう一段。
「ひぐうっ……ひぐうっ!」
光が眼に差し込んでくるのに開け続けなければならない。
手が真っ赤になっていた。
もう一段!
ルナは穴の外へ這い上がった。ムカデのように素早く移動して草叢に横に伸びた。
「ぜえ……ぜえ……」
「ルナさぁん!」
カルメンが心配そうに穴を駆け上って近付いてきた。縄梯子も使わずにだ。
――わたしの努力は何だったんだろう。
カルメンはルナの額の上に手を置いた。いまだネズミ嫌いが克服出来ないルナは少し嫌だったが相手を慮《おもんぱか》って黙っていた。
「凄い熱くなってるぅ」
「久々に運動したからね……」
カルメンはまた穴の中に引っ込んで、よく絞った濡れタオルを持ってきた。
「ありがとう……」
ルナは気絶しそうになりながら、必死に意識を保った。そうなったりなんかしたら、カルメンによってまた穴の中に連れていかれるかも知れない。
二十分ばかりして落ち着いたルナはゆっくりと立ち上がった。
周りは全く見知らぬ森の中だ。日差しもまだまだきつい。
冬だから日射病になる恐れは少ないが、今の体力で耐え切れるか正直疑問だった。
――どうしよう。
ルナはカルメンを見た。
「あの、出来れば、助けてくれない?」
怖ず怖ずと聞いた。
「何すればいいのぉ?」
「その……乗っけてって」
ルナは持てなされた時、臆さず相手の親切を受けとったり無理難題をふっかけられたり出来るタイプだ。とりわけそれが男相手だったら。ズデンカは逆に断ったり、返そうとするが。
でも、ネズミ獣人のカルメンだとなかなかお願い出来ない。
気遣いなのか、恐怖からくるのか正直微妙だ。
「もちろんだぁよ!」
カルメンは素直に頷いてくれた。そこに悪意は感じられない。先ほどルナはカルメンから若い頃に凄惨な復讐を成し遂げた話を書き取った。
カルメンは地面に腹ばいになって背中を見せる。乗ってよといわんばかりだ。
ルナは少し躊躇したが登った。もふもふとして触り心地が良い。
――ネズミの背に乗るなんて経験をした人間はそういないだろうな。
そう考えるとルナは何となく楽しくなってきた。
「行くよぉ」
カルメンは被っていたボンネットを脱ぐと動き出した。
カルメンが後ろから声を掛けて来た。
「だいじょう……ぶう!」
汗で手が滑りそうになりながら焦ったルナは言った。
「落ちたりしない?」
「いける!」
と答えるルナの顔からは湯気が出そうだ。
ぐらぐら、ぐーらぐら。
――こんなに苦しい思いしたのはポトツキ収容所以来かも知れない。
死ぬかも知れないとルナは一瞬考えてしまった。滑って落ちて頭を打ったらその可能性は十分にある。
掴んでいる縄を外し、更に上を掴む。手をすり剥いてしまったらしくひりひりした。
――でも、もうここまで来た以上戻れない。 光がルナの顔を照らし出していた。
実にまばゆい。
ルナは目をつぶった。
「うっぷっ!」
ぐらぐら揺れて、思わず吐きそうになる。
眼を開かねばならない。そうしないとルナの運動神経では縄を手で掴めず真っ逆さまだ。
必死で堪えて、また一段。
また一段。
重力を感じながら進み続ける。
残すところあと三段だ。
「ふぁ……ふあっ……」
息があがる。荒くなっていく。彼岸の光景が見えかけてきた。罌粟の花が咲き乱れる野原の向こうに――
「父さん……母さん……」
ルナは頭を振った。
気を取り直してもう一段。
「ひいっ……ひいっ……!」
――本当に辛い。
ルナはすぐ弱音を吐く。だが今回の弱音は本当に心から出たものだった。
もう一段。
「ひぐうっ……ひぐうっ!」
光が眼に差し込んでくるのに開け続けなければならない。
手が真っ赤になっていた。
もう一段!
ルナは穴の外へ這い上がった。ムカデのように素早く移動して草叢に横に伸びた。
「ぜえ……ぜえ……」
「ルナさぁん!」
カルメンが心配そうに穴を駆け上って近付いてきた。縄梯子も使わずにだ。
――わたしの努力は何だったんだろう。
カルメンはルナの額の上に手を置いた。いまだネズミ嫌いが克服出来ないルナは少し嫌だったが相手を慮《おもんぱか》って黙っていた。
「凄い熱くなってるぅ」
「久々に運動したからね……」
カルメンはまた穴の中に引っ込んで、よく絞った濡れタオルを持ってきた。
「ありがとう……」
ルナは気絶しそうになりながら、必死に意識を保った。そうなったりなんかしたら、カルメンによってまた穴の中に連れていかれるかも知れない。
二十分ばかりして落ち着いたルナはゆっくりと立ち上がった。
周りは全く見知らぬ森の中だ。日差しもまだまだきつい。
冬だから日射病になる恐れは少ないが、今の体力で耐え切れるか正直疑問だった。
――どうしよう。
ルナはカルメンを見た。
「あの、出来れば、助けてくれない?」
怖ず怖ずと聞いた。
「何すればいいのぉ?」
「その……乗っけてって」
ルナは持てなされた時、臆さず相手の親切を受けとったり無理難題をふっかけられたり出来るタイプだ。とりわけそれが男相手だったら。ズデンカは逆に断ったり、返そうとするが。
でも、ネズミ獣人のカルメンだとなかなかお願い出来ない。
気遣いなのか、恐怖からくるのか正直微妙だ。
「もちろんだぁよ!」
カルメンは素直に頷いてくれた。そこに悪意は感じられない。先ほどルナはカルメンから若い頃に凄惨な復讐を成し遂げた話を書き取った。
カルメンは地面に腹ばいになって背中を見せる。乗ってよといわんばかりだ。
ルナは少し躊躇したが登った。もふもふとして触り心地が良い。
――ネズミの背に乗るなんて経験をした人間はそういないだろうな。
そう考えるとルナは何となく楽しくなってきた。
「行くよぉ」
カルメンは被っていたボンネットを脱ぐと動き出した。
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