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第一部
第十四話 影と光(7)
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するとルキウスの名前が現れてくるではないか。
「九月十七日 ルキウス拘束され、獄に下さる」
――なるほど、あいつも捕まっていた訳か。
ズデンカは納得しながらページを繰った。
「五月二日 (中略)ルキウス、アウレリウスを再度難責す」
――アウレリウスとは誰だ?
さっき見た列伝を引っ繰りかえすも、同じ名前の人物が何十人と見つかりよく分からない。記録に残らなかった人物なのかも知れない。
侍臣の日記を更に遡ると、アウレリウスが何者かは分かった。
「四月十五日 (中略)衛兵アウレリウス、明朝過ぎルキウスより罵倒され、図らずも殴打す。アウレリウス、傍に控えたる衛兵連により制止さるるも止めず。暫時拘束さる。午後、セウェルス参内、御懇談」
――なるほど、宮中で衛兵と喧嘩をしたと。厄介者ってことだよな。
ズデンカは納得した。
――あんな無愛想なやつだ。そりゃ、揉めるだろ。
そう考えた後で自分もまたよく人と揉めることを思い出し、恥ずかしくなった。
細かく探していけば結構ルキウスの記録は見つかった。辞書を引き引き古代語にも大分慣れてきた感じがした。
「五月二十日 (中略)アウレリウス、ルキウスと槍を投擲す。ルキウス、わずかにアウレリウスより長ぜし由。アウレリウス、さらに憤激せり」
――槍が出て来たな。
アウレリウスなら、ルキウスを槍で殺すことが出来たのではないか。
推測込みだが、二人の喧嘩を収めるために槍投げが選ばれたのだろう。
アウレリウスが勝てば、侮辱された面子も立とうものだ。
ところがルキウスはアウレリウスに勝ってしまった。
皇帝直属衛兵が、家臣とは言え身分の低い慰み者のルキウスに負けたのは恥だろう。それを晴らすため殺そうとした。
なら、投げたのは物見櫓からではなく闘技場内からだろう。ズデンカが調べ始めるきっかけとなった粘土の座席を踏み台に使ったのに間違いない。軍靴を穿いていた理由も納得出来る。
直感が裏付けられたようで、ズデンカは嬉しかった。
――馬鹿言え。全部憶測じゃねえか。
都合良く史料を読み過ぎている。第一、衛兵が闘技場内で槍投げでもしたら騒動になるだろう。他の観客に当たるかも知れない。
となれば、スキピオの日記に書かれてもおかしくないのにそんな記述は見返してもなかった。欠落しているのかも知れないが。
――手詰まりだな。
ズデンカは考えるのを止めた。千年以上前の事件を推理しようだなんて端から馬鹿げているのだ。
午後三時だ。
――閉館にはまだ少し間があるが。
ズデンカは椅子に坐り、漫然と周りに積み上げた本を読み始めた。
どれも面白い。昔の生活を知るのも楽しいものだ。
と、一行だけ気になる記述を見付けた。
「なるほど」
ズデンカはルナのように顎へ指を置いた。
「影と、光か」
そして、遠くを見つめた。
「どちらにしろあたしにゃ縁のないものだな」
闘技場へ戻ろう。
――その前に寄るとこがあるがな。
「遅い」
ルキウスはズデンカを見て顔を顰めた。若干怒り始めているらしい。
仏頂面に腹を立てていたズデンカには良い気味だった。
その肩には大きな麻袋が背負われていた。
「それはなんだ?」
「まあじきに分かるさ」
ズデンカは微笑みながら言った。
――あんだけ労力掛けさせられたんだ。ちったぁ弄んでやらねえとな。
「私を殺した者はわかったのか」
「あたしのは飽くまで推測でしかない。お前が死んだのは千年以上前なんだ」
「じゃあ、わからなかったのか」
軽蔑するようにルキウスはズデンカを見た。
「九月十七日 ルキウス拘束され、獄に下さる」
――なるほど、あいつも捕まっていた訳か。
ズデンカは納得しながらページを繰った。
「五月二日 (中略)ルキウス、アウレリウスを再度難責す」
――アウレリウスとは誰だ?
さっき見た列伝を引っ繰りかえすも、同じ名前の人物が何十人と見つかりよく分からない。記録に残らなかった人物なのかも知れない。
侍臣の日記を更に遡ると、アウレリウスが何者かは分かった。
「四月十五日 (中略)衛兵アウレリウス、明朝過ぎルキウスより罵倒され、図らずも殴打す。アウレリウス、傍に控えたる衛兵連により制止さるるも止めず。暫時拘束さる。午後、セウェルス参内、御懇談」
――なるほど、宮中で衛兵と喧嘩をしたと。厄介者ってことだよな。
ズデンカは納得した。
――あんな無愛想なやつだ。そりゃ、揉めるだろ。
そう考えた後で自分もまたよく人と揉めることを思い出し、恥ずかしくなった。
細かく探していけば結構ルキウスの記録は見つかった。辞書を引き引き古代語にも大分慣れてきた感じがした。
「五月二十日 (中略)アウレリウス、ルキウスと槍を投擲す。ルキウス、わずかにアウレリウスより長ぜし由。アウレリウス、さらに憤激せり」
――槍が出て来たな。
アウレリウスなら、ルキウスを槍で殺すことが出来たのではないか。
推測込みだが、二人の喧嘩を収めるために槍投げが選ばれたのだろう。
アウレリウスが勝てば、侮辱された面子も立とうものだ。
ところがルキウスはアウレリウスに勝ってしまった。
皇帝直属衛兵が、家臣とは言え身分の低い慰み者のルキウスに負けたのは恥だろう。それを晴らすため殺そうとした。
なら、投げたのは物見櫓からではなく闘技場内からだろう。ズデンカが調べ始めるきっかけとなった粘土の座席を踏み台に使ったのに間違いない。軍靴を穿いていた理由も納得出来る。
直感が裏付けられたようで、ズデンカは嬉しかった。
――馬鹿言え。全部憶測じゃねえか。
都合良く史料を読み過ぎている。第一、衛兵が闘技場内で槍投げでもしたら騒動になるだろう。他の観客に当たるかも知れない。
となれば、スキピオの日記に書かれてもおかしくないのにそんな記述は見返してもなかった。欠落しているのかも知れないが。
――手詰まりだな。
ズデンカは考えるのを止めた。千年以上前の事件を推理しようだなんて端から馬鹿げているのだ。
午後三時だ。
――閉館にはまだ少し間があるが。
ズデンカは椅子に坐り、漫然と周りに積み上げた本を読み始めた。
どれも面白い。昔の生活を知るのも楽しいものだ。
と、一行だけ気になる記述を見付けた。
「なるほど」
ズデンカはルナのように顎へ指を置いた。
「影と、光か」
そして、遠くを見つめた。
「どちらにしろあたしにゃ縁のないものだな」
闘技場へ戻ろう。
――その前に寄るとこがあるがな。
「遅い」
ルキウスはズデンカを見て顔を顰めた。若干怒り始めているらしい。
仏頂面に腹を立てていたズデンカには良い気味だった。
その肩には大きな麻袋が背負われていた。
「それはなんだ?」
「まあじきに分かるさ」
ズデンカは微笑みながら言った。
――あんだけ労力掛けさせられたんだ。ちったぁ弄んでやらねえとな。
「私を殺した者はわかったのか」
「あたしのは飽くまで推測でしかない。お前が死んだのは千年以上前なんだ」
「じゃあ、わからなかったのか」
軽蔑するようにルキウスはズデンカを見た。
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