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第一部
第十四話 影と光(3)
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「私が勝ち鬨《どき》を上げた時、一瞬黒い影が過ぎった。その形をしっかりと捉える間もなく、光が、眩いばかりの光が私の前に差した……」
「影と、光だと?」
ズデンカは首を捻った。
曖昧過ぎてよくわからない。
周りを見てみる。今は草がぼうぼうと荒れるがままに生い茂っている闘技場だが、昔は人で一杯だったとは。
ズデンカは想像の翼をはためかせてみた。
溢れんばかりの拍手。
首を断たれ、地に倒れ伏した暴れ牛。
返り血を浴びた少年。
重い剣が大地に突き刺さっている。
「……」
少年の、ズデンカが知ることができない名前が響く。勝者を誉め称える声だ。
突如、どこからか投げられた一本の槍。
振り向く間もなく少年の心臓を突き通す。
胸から溢れる血。少年本人の血。
血を吐き、少年は崩れ落ちる。
こうして、殺人が行われたのだ。
ズデンカは考え込んだ。
――妄想をいくら語っても仕方ねえな。事実を探さなきゃならねえ。だが、もう千年以上も前だ。なんも証拠は……。
と、自分の爪先のすぐ先にある座席の角に靴跡が強くついていることに気付いた。古代の軍靴《カリガ》のようにも思われた。
そこだけ大理石ではなく粘土を使っていたようだ。
――きっとケチって誤魔化したに違いねえ。
ズデンカはにんまりと笑った。
――きっとまだ出来上がってそんなに日が経っていない時に付いたのだろうな。 よく考えると、この足跡は犯人のものかも知れない。ここで足を強く踏ん張って、少年へ向かって槍を投げたのだ。
「馬鹿らしい」
思わず口に出して呟いてしまった。この足跡がその時に付いたものだなど、誰が断定出来る。
もっと後か、それとも前の年代のものかも知れない。
だが、これを契機にズデンカの中でふっと知的好奇心が湧き起こった。
――ひとつ調べてやるか。どうせ暇だし。
「おい、ちょっと待ってな。図書館で調べてきてやる!」
ズデンカはそう言って走り出した。
途中後ろを振り返ってみれば、少年はまだぼんやりと立ち尽くしたままだった。
目的が見つかるとズデンカは急に楽しくなってきた。
街の中に戻ると図書館を目指した。
闘技場ほどではないが、古い大聖堂を思わせる建築で、三世紀以上は過ぎているのではないかと思われた。
――あたしが生まれた時には、もう建ってたわけか。
さて、中に入れて貰えるまでに少々手間取った。
なぜなら、ズデンカは何の身分保障もない存在だからだ。
これまでの人生でもあまり図書館は使わず、時には暴力に訴えてでも読書を愉しんできた。
しかし、今回は漫然とした読書ではなく、調べ物だ。
ズデンカはルナの旅券を使った。ルナの名前は知られているから、通用するだろう。
受付の中年男性はズデンカから受け取った旅券にさっと目を通し、顔を上げて、
「ルナ――ペルッツさま?」
と聞いた。
ズデンカのメイド服を奇異に思ったのだろう。こんな格好をしている主人は確かにいない。
「のメイドで。主人の調べ物」
ズデンカは手短に答えた。個人のポリシーで誰に対しても同じ態度で接すると決めているので、丁寧な口調は作りたくない。
「はあ、まあいいでしょう」
中に通された。
――ルナだったら、「古い紙の良い匂い」とか言うのだろうが、あたしには正直分からん。
ズデンカの嗅覚は血以外には鈍かった。
古い本を何冊も引き出してきて、ページを開き、調査を開始した。
「影と、光だと?」
ズデンカは首を捻った。
曖昧過ぎてよくわからない。
周りを見てみる。今は草がぼうぼうと荒れるがままに生い茂っている闘技場だが、昔は人で一杯だったとは。
ズデンカは想像の翼をはためかせてみた。
溢れんばかりの拍手。
首を断たれ、地に倒れ伏した暴れ牛。
返り血を浴びた少年。
重い剣が大地に突き刺さっている。
「……」
少年の、ズデンカが知ることができない名前が響く。勝者を誉め称える声だ。
突如、どこからか投げられた一本の槍。
振り向く間もなく少年の心臓を突き通す。
胸から溢れる血。少年本人の血。
血を吐き、少年は崩れ落ちる。
こうして、殺人が行われたのだ。
ズデンカは考え込んだ。
――妄想をいくら語っても仕方ねえな。事実を探さなきゃならねえ。だが、もう千年以上も前だ。なんも証拠は……。
と、自分の爪先のすぐ先にある座席の角に靴跡が強くついていることに気付いた。古代の軍靴《カリガ》のようにも思われた。
そこだけ大理石ではなく粘土を使っていたようだ。
――きっとケチって誤魔化したに違いねえ。
ズデンカはにんまりと笑った。
――きっとまだ出来上がってそんなに日が経っていない時に付いたのだろうな。 よく考えると、この足跡は犯人のものかも知れない。ここで足を強く踏ん張って、少年へ向かって槍を投げたのだ。
「馬鹿らしい」
思わず口に出して呟いてしまった。この足跡がその時に付いたものだなど、誰が断定出来る。
もっと後か、それとも前の年代のものかも知れない。
だが、これを契機にズデンカの中でふっと知的好奇心が湧き起こった。
――ひとつ調べてやるか。どうせ暇だし。
「おい、ちょっと待ってな。図書館で調べてきてやる!」
ズデンカはそう言って走り出した。
途中後ろを振り返ってみれば、少年はまだぼんやりと立ち尽くしたままだった。
目的が見つかるとズデンカは急に楽しくなってきた。
街の中に戻ると図書館を目指した。
闘技場ほどではないが、古い大聖堂を思わせる建築で、三世紀以上は過ぎているのではないかと思われた。
――あたしが生まれた時には、もう建ってたわけか。
さて、中に入れて貰えるまでに少々手間取った。
なぜなら、ズデンカは何の身分保障もない存在だからだ。
これまでの人生でもあまり図書館は使わず、時には暴力に訴えてでも読書を愉しんできた。
しかし、今回は漫然とした読書ではなく、調べ物だ。
ズデンカはルナの旅券を使った。ルナの名前は知られているから、通用するだろう。
受付の中年男性はズデンカから受け取った旅券にさっと目を通し、顔を上げて、
「ルナ――ペルッツさま?」
と聞いた。
ズデンカのメイド服を奇異に思ったのだろう。こんな格好をしている主人は確かにいない。
「のメイドで。主人の調べ物」
ズデンカは手短に答えた。個人のポリシーで誰に対しても同じ態度で接すると決めているので、丁寧な口調は作りたくない。
「はあ、まあいいでしょう」
中に通された。
――ルナだったら、「古い紙の良い匂い」とか言うのだろうが、あたしには正直分からん。
ズデンカの嗅覚は血以外には鈍かった。
古い本を何冊も引き出してきて、ページを開き、調査を開始した。
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