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第一部
第十四話 影と光(2)
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だが少年はズデンカを見つめ、微動だにしなかった。
ズデンカは腕を大きく上げ、爪を振るおうとした。
それでも少年は動かない。
「私は……」
言葉が漏れた。
ズデンカは一瞬躊躇った。聞き覚えのない言葉で、理解まで数分かかったからだ。古代に使われていた言語だとようやく記憶の中から探り当てた。
ズデンカも二百年の間に一通り古代の言葉を習ったので、多少なら聞き取れる。だが、名前の部分はよく分からなかった。
「お前はどこから来た」
ズデンカは相手と同じ言葉を使った。相手の母国語に寄せた方が話しやすいと長年の経験で知っていたからだ。
「私は、ここにいた。私はここで殺された」
「殺された?」
ズデンカは驚いた。生きていないと言えば自分も生きていないが、吸血鬼とも見えないのに死んだ者が目の前にいるとは。
「私は槍で貫かれたのだ。ここを」
と言って少年は貫頭衣の胸を押さえた。見る間にそこから血が滲んだ。
だが、ズデンカにはすぐわかった。臭いがしないのだ。
――千年以上も前に殺《や》られたんだ。
ズデンカは瞬時に感じた。
どうして理解できたのかはわからない。自分より長く生きている者とは久々に会ったので、懐かしくすらなった。
「お前を狙ったのは誰だ?」
「わからない。それがわからないからずっとここにいる」
ズデンカはなんとなく察した。この少年は地縛霊のような存在なのだろう。
殺されて、その理由がわからずここにずっといるのだ。
何か自分で納得出来るまで、ここを去る――消えていくことが出来ないのだ。
「殺されたのはずっと前だろ? 犯人をあたしが知れるわけもない。だからお前はここに居続けることしかできない」
ズデンカは努めて冷たく言った。
だが少年は別に悲しむ様子もなく、ぼんやりと立ち尽くしていた。
歳月の経過とともにこの少年からは憎しみも怒りも感情と言ったようなものが抜けてしまったのだろうか。
「私には兄弟がいた。セウェルスと呼ばれていた。兄だった」
ズデンカは頭の中で翻訳して理解したので、言葉の繋がりを不自然に感じた。
「そいつが殺したのか?」
ズデンカは聞いた。
「ありえない。セウェルスは闘技場にはいなかった。その時は都の牢にいた」
「何か悪いことをしたのか?」
自分がルナのようなことをやっていることに気付いてズデンカは内心自嘲した。
――話を聞くつもりはねえのに。
「セウェルスは何もやっていない。皇帝を侮辱したからだ」
「それは当時では罪だろ」
ズデンカは底意地悪く聞いた。この少年が生きていた頃は、皇帝を侮辱することは犯罪と見なされただろう。
「違う。セウェルスは私を守ろうとした。私は皇帝に、鶏を犯すように辱められたのだ」
少年に怒りの色はまだ浮かんできていなかったが、きっぱりと言い切った。
ズデンカは察した。当時の皇帝は表だって男色を行っていたと歴史書で読んだ。パピーニは歓楽街として有名で、皇帝もよく遊びにやってきていたという。
「まあお前の言いたいことはわかった。だが、なんでこの闘技場で殺されたんだ?」
「私は見世物にされていた。剣を与えられ荒ぶる牛を殺せば助けてやると言われたのだ」
――見世物か。
確かに古代闘技場では人と動物が戦わされたと言われていた。
「だが、お前を殺したのは槍じゃないのか」
「私は牛に勝った。私を殺した者は誰か分からない」
少年は目をつむった。
ズデンカは腕を大きく上げ、爪を振るおうとした。
それでも少年は動かない。
「私は……」
言葉が漏れた。
ズデンカは一瞬躊躇った。聞き覚えのない言葉で、理解まで数分かかったからだ。古代に使われていた言語だとようやく記憶の中から探り当てた。
ズデンカも二百年の間に一通り古代の言葉を習ったので、多少なら聞き取れる。だが、名前の部分はよく分からなかった。
「お前はどこから来た」
ズデンカは相手と同じ言葉を使った。相手の母国語に寄せた方が話しやすいと長年の経験で知っていたからだ。
「私は、ここにいた。私はここで殺された」
「殺された?」
ズデンカは驚いた。生きていないと言えば自分も生きていないが、吸血鬼とも見えないのに死んだ者が目の前にいるとは。
「私は槍で貫かれたのだ。ここを」
と言って少年は貫頭衣の胸を押さえた。見る間にそこから血が滲んだ。
だが、ズデンカにはすぐわかった。臭いがしないのだ。
――千年以上も前に殺《や》られたんだ。
ズデンカは瞬時に感じた。
どうして理解できたのかはわからない。自分より長く生きている者とは久々に会ったので、懐かしくすらなった。
「お前を狙ったのは誰だ?」
「わからない。それがわからないからずっとここにいる」
ズデンカはなんとなく察した。この少年は地縛霊のような存在なのだろう。
殺されて、その理由がわからずここにずっといるのだ。
何か自分で納得出来るまで、ここを去る――消えていくことが出来ないのだ。
「殺されたのはずっと前だろ? 犯人をあたしが知れるわけもない。だからお前はここに居続けることしかできない」
ズデンカは努めて冷たく言った。
だが少年は別に悲しむ様子もなく、ぼんやりと立ち尽くしていた。
歳月の経過とともにこの少年からは憎しみも怒りも感情と言ったようなものが抜けてしまったのだろうか。
「私には兄弟がいた。セウェルスと呼ばれていた。兄だった」
ズデンカは頭の中で翻訳して理解したので、言葉の繋がりを不自然に感じた。
「そいつが殺したのか?」
ズデンカは聞いた。
「ありえない。セウェルスは闘技場にはいなかった。その時は都の牢にいた」
「何か悪いことをしたのか?」
自分がルナのようなことをやっていることに気付いてズデンカは内心自嘲した。
――話を聞くつもりはねえのに。
「セウェルスは何もやっていない。皇帝を侮辱したからだ」
「それは当時では罪だろ」
ズデンカは底意地悪く聞いた。この少年が生きていた頃は、皇帝を侮辱することは犯罪と見なされただろう。
「違う。セウェルスは私を守ろうとした。私は皇帝に、鶏を犯すように辱められたのだ」
少年に怒りの色はまだ浮かんできていなかったが、きっぱりと言い切った。
ズデンカは察した。当時の皇帝は表だって男色を行っていたと歴史書で読んだ。パピーニは歓楽街として有名で、皇帝もよく遊びにやってきていたという。
「まあお前の言いたいことはわかった。だが、なんでこの闘技場で殺されたんだ?」
「私は見世物にされていた。剣を与えられ荒ぶる牛を殺せば助けてやると言われたのだ」
――見世物か。
確かに古代闘技場では人と動物が戦わされたと言われていた。
「だが、お前を殺したのは槍じゃないのか」
「私は牛に勝った。私を殺した者は誰か分からない」
少年は目をつむった。
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