上 下
135 / 526
第一部

第十三話  調高矣洋絃一曲(10)

しおりを挟む
――ランドルフィ王国西端パピーニ 
 
 暖炉の火も掛けられていない冷えた部屋の中でベッドに座り、ズデンカは目をつぶっていた。

 ズデンカは吸血鬼《ヴルダラク》だ。それゆえ、一睡も出来ないのだが。

 大蟻喰と二人で山中を探し回った、いや、下に降りて探したがルナの姿は見えなかったのだ。

 草の根を分けて、すみずみまで探したつもりだ。でも、手掛かりすら見つからなかった。

 ルナを狙ったのはカスパー・ハウザーの手の者で間違いない。

――もし、ルナが捕まっていたら……。

 そう考えるとズデンカはひどく絶望的な気分になって、明け方まで探索を続けようとしたが、大蟻喰は宿へ帰るべきだと主張した。

「ルナなら、きっと一人でも戻ってくる。心配することはないさ」

 自分の方が付き合いは長いのだから、と言外に滲ませる余裕な態度に、ズデンカは苛立った。

 結局その言に従うことになった。

「だいたい、キミはルナを抜きにした存在意義が不明すぎる」

 暗闇の向こうでちょこんと椅子に坐っていた大蟻喰が言った。

――こいつ、灯りも点さないのか。

 結果としてどちらが先に着けるか我慢勝負している状態だった。

 まあ、ズデンカは闇の向こうでも相手の顔をしっかり捉えられるのだが。

「どう言う意味だ?」

「ルナが仮に死んだとしたらキミはどう生きていくかってことだよ」

「……」

 ズデンカは何も言い返せなかった。まず怒りが来たが、大蟻喰の問いは正しい。自分がずっと不安に思っていたことだったのだから、と思った。

「何の存在意義もなくなってしまいそうだね」

「あたしはあたしだけで生きてくさ。前はずっとそうだった」

 ズデンカは声を荒げずに答えた。

「どうせ誰かと仲良くなってもすぐ死んでしまうのだからね。キミと同じ時代を生きた人間はもう残っていないはずだ。いや、吸血鬼《ヴルダラク》だって昔ほとんど狩られたって聞いたよ」

 大蟻喰はしたり顔で話を続けた。

「家族は……いる」

 ズデンカは漏らした。

「あ。キミは今初めてキミ自身のことを話した。ま、それほど昔のことなんだろう。文字通りの『脳なし』じゃあ、なかなか覚えてられないのかもしんなけど。家族がいるって言っても今は生きているかわからないんだろ」

「……」

 ズデンカは答えられなかった。

 家族もこの二百年間で大分狩られこそしたが、二十年ほど前に場所も定かでないどこかの街で兄のゲオルギエと顔を合わせたことがあった。

 ズデンカとは母を異にする兄は端正な白い面立ちのまま昔と変わらなかった。

 妻がいたはずだが、そばにはもういなかった。子供たちもだ。狩られたのだろうとは思ったが口にはしなかった。

 何を話したか、もうほとんど忘れてしまったが。

 他愛ない、どうでも良いことだったに違いない。

 血が繋がっている親族より、ルナとの話の方が記憶に残っているほどだ。

 「吸血鬼は人間より長い時間を生きる。当たり前のことだ。人は人、キミたちはキミたちで生きた方がずっと良くないかい?」

「あたしは今しか見ていない」

 精一杯答えられる限りの言葉だった。

「努めて見ようとしてるんだろ。見なかったら不安になる」

 嫌らしいほど大蟻喰はズデンカが考えたくない部分へ入り込んでくる。

 多くの人間を喰ったという言は嘘ではないのだろう。

 朝焼けが窓のかけられたブラインドに染み通った。部屋の中がほのかに明るくなる。

「それでも、朝はくる」

 無言を続けるズデンカに笑いかけながら、大蟻喰は言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...