上 下
127 / 526
第一部

第十三話  調高矣洋絃一曲(2)

しおりを挟む
 「今度は笑ったぁ。変なのぉ」

 カルメンは首を傾げていた。そのぬいぐるみみたいな姿に思わずルナは心が緩んだ。

 やっぱり、ネズミは怖かったが。

 カルメンは黒いボタンみたいな眼を光らせ長い尻尾を引きずって近付いてきた。

 ルナの全てが興味津々といった感じだ。

「地上《うえ》で倒れてるのみつけたんだよぉ」

 カルメンは肉球の付いた手で上を差した。

「え……君が、助けてくれたのかい」

 ルナは驚いた。

「うん。血を流してたからぁ。着換えさせたかったんだけど。許可も取らずに悪いし、ここには合う服もなくてぇ」

 カルメンは鼻を鳴らしながら言った。

――そうか。この生き物のお陰で自分は助かったのか。もし、気付いて貰えなかったら今頃死んでいたかも知れない。

 そう考えると、辛うじて感謝の念を抱くことが出来た。

「あ……ありがとう」

 ぎこちなく顔を強ばらせながらルナは言った。

「まだ、疲れてない」

「う……ん。身体のあちこちが痛くて」

「そうだなぁ。そこ坐って」

 と、カルメンは部屋の隅に置かれていた籐椅子を指差した。先にそこまで歩いていって埃を払う。

 ルナは言われた通りにした。

 カルメンはルナのマントを脱がし、コートやシャツを脱がせた。

――なんか気恥ずかしいな。

 ルナは顔を赤くした。

 ネズミは正直好きではないが、こんなに親切にしてくれるものを無碍《むげ》に扱うことは出来ない。

「ひっ」

 突然声を上げた。痛かったのではなく、冷たかったからだ。

 身体の痛むところに、カルメンが何かを塗りつけたらしい。

 だが、ものの数秒も経たずに不思議と痛みが収まっていった。

「何を塗ったの?」 

 手足をぐるぐる動かしながらルナは訊いた。

「草の葉だよ。あたしの故郷では良く知られてるものさね。ここでも生えてるなんてねぇ」

 カルメンは飽くまで穏やかで、その顔を見つめるだけでルナは落ち着いてきた。

「どこから来たの?」

「ロルカからだよぉ」

 ロルカ諸侯連合。

――エスメラルダと同じだ。

 ルナはかつての恋人を思い出した。確かに少しばかり言葉の訛りも似ているものがある。

――ネズミだけど。

 ルナは懐かしくなった。

「知り合いがいたんだ。わたしも何度か言ったことはあるよ」 

 ルナはぼかして言った。

「そうなんだぁ。すれちがってたかもねぇ」

「多分ないよ。君の姿はすぐに目立つから!」

 ルナは思わず笑っていた。

「そうだねえ……」

 と言いながらカルメンは懐かしげに視線を落として、

「仲間とはぐれちゃってね」

「え、何かあったの?」

「うん、ほんと色々あったね」

「そうだ!」

 ルナはいきなり顔を輝かせた。

「君の綺譚《おはなし》を聞かせてよ!」

「おは……なし」

 ルナはコートを手繰り寄せて、古ぼけた手帳と鴉の羽ペンを取り出した。

「そうだよ。わたしの名前はルナ・ペルッツ。世界各地を旅して、綺譚《おはなし》を集めて回ってるんだ。君が経験した興味深い出来事を聞かせて!」

「いっぱいあるよぉ。話しきれないぐらいかなぁ」

 そう言うとギターを取り出し、弾き始めた。

「さっきも思ったけどギター上手いんだね!」

「あたしらんところでは『ギタルラ』って呼んでるよぉ」

 音色は瞬く間に部屋を満たした。カルメンに巧みに情熱的で早い曲を奏でた。

 唄うように己の物語を話し始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

まほカン

jukaito
ファンタジー
ごく普通の女子中学生だった結城かなみはある日両親から借金を押し付けられた黒服の男にさらわれてしまう。一億もの借金を返済するためにかなみが選ばされた道は、魔法少女となって会社で働いていくことだった。 今日もかなみは愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミとなって悪の秘密結社と戦うのであった!新感覚マジカルアクションノベル! ※基本1話完結なのでアニメを見る感覚で読めると思います。

処理中です...